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弥縫策としての心理学(その09) [哲学・心理学]

教育心理学
教育心理学

きょういくしんりがく
educational psychology

  

教育過程に関する心理学の一部門。教育心理学を一般心理学の教育への単なる応用とする立場と,単なる応用学ではなく教育という現実のなかで心理学的に問題を求めその独自の方法を追究し,たえず自己評価していく独立の体系であるとする立場とがある。その内容はきわめて広範であり,成長と発達,学習,カリキュラム,人格と適応,測定と評価をはじめ,学級,教師と児童との関係などの人間関係をも取扱い,さらにカウンセリングやガイダンスなどを含む診断と治療の面にまで及んでいる。





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教育心理学
きょういくしんりがく

教育に関する諸事実とそれらを規定している法則を心理学的に研究し,教育実践をはじめとする教育的諸活動とその条件の改善に役立つ知見や技術を整えていく学問。ただし教育心理学の定義はいまだ確定的でなく,人によって相当にニュアンスの異なる定義がなされる。研究内容としては,成長と発達,学習と学習指導,人格と適応,測定と評価を四大領域としてあげるのがもっとも一般的である。しかしこれも教育心理学の定義の仕方によって重点のおきかたにちがいがある。たとえば,その内容のほとんどすべてを学習と学習指導でみたした教育心理学の成書があるのはその一つのあらわれである。
[学問の位置]  教育心理学は,一般心理学を教育に応用する応用心理学の一つであるか,独自の理論と方法をもつ独立科学であるかをめぐって,これまで種々の議論がなされてきている。教育心理学はその初期において,一般心理学の成果のうち教育に関係するものを抽出して構成されたという面があり,前者のほうが歴史的に古くから存在する。これに対して後者は,教育心理学をその実践性と科学性を高めつつ発展させようとする努力の歴史のいわば必然的結果としてしだいに浮上し,形をなしてきたといえる。今後独立科学としての理論と方法はさらに洗練されていくと思われるが,一般心理学の成果の中には,これを創造的に適用するならば人間の諸能力と人格の形成という教育の営みの発展に寄与しうるものが多面的に含まれているので,これを適切に摂取することも不可欠である。
[歴史]  最初に教育心理学の成立の可能性と必要性を暗示したのはドイツの哲学者J. F. ヘルバルトであるといえよう。彼は J. H. ペスタロッチの影響下で《一般教育学》(1806)を著すなどして教育学の体系化を試み,教育の目的は倫理学に,教育の方法は心理学にそれぞれ求めるという考え方を示した。ヘルバルトの時代は近代科学としての心理学自体が未成立だったから,その内容は観念的なものにとどまった。その後世界最初の心理学実験室をつくった W. M. ブントに実験心理学を学んだドイツのモイマン ErnstMeumann が実験心理学と教育との結合をめざして実験教育学を提唱,《実験教育学入門講義》(1907‐14)を著すにいたって,教育心理学はその基礎を固めたといえる。この著書には児童の心身の発達をはじめ,個人差と知能検査,各教科における精神作業の分析などがとりあげられており,先にふれた四大領域にいずれ整理されていくような内容がすでにほぼ網羅されていた。他方アメリカでは,モイマンと同様ブントの教えを受けた G.S. ホールが児童の精神内容に関する研究成果を発表していわゆる児童研究運動 child studymovement を推進し,またキャッテル JamesMcKeen Cattell が《メンタルテストと測定》を著して教育測定運動の基礎をすえた。そして20世紀に入り,これらを背景として E. L. ソーンダイクが教育心理学の体系化をはかった。彼は真の教育科学は帰納的でなければならないと主張し,とくに教育測定の方法や学習心理学の建設に努力しつつ《教育心理学》3巻(1913‐14)の大著をまとめたのであった。本書は長い間アメリカの教育心理学の基本テキストとされた。フランスでは A. ビネが,19世紀末から20世紀初めにかけて知能検査の創案に結実するような心理学研究を旺盛に展開して教育心理学の成立に寄与し,ソビエトではL. S. ビゴツキーが唯物論の立場に立つ教育心理学の成立と発展に貢献した。全体としてみると,教育心理学は児童心理学,発達心理学,学習心理学などと深くかかわりをもちながら初期の発展をとげた。のちには精神分析学や精神病理学などの成果も導入しながら徐々にその独自の体系を築くにいたる。日本における教育心理学は明治中ごろからドイツ,アメリカなどの成果の翻訳ないし紹介の形をとって始められ,第2次大戦後はアメリカの教育心理学の影響を強く受けながら発展してきている。
[研究領域]  一貫して重視されてきたのが,(1)教育の対象である子ども・青年の成長・発達(精神発達)の問題である。成長・発達の過程と段階の心理学的特徴を明らかにすることは,次に述べる学習の指導をはじめ教育活動にとって必須だからである。(2)学校教育においては学習の指導がなんといっても中心的な実験課題であり,学習とその指導の過程を心理学的に研究し,教材,学習者,教授者,学習指導の方法および効果などの各要素の分析とそれらの相互作用についての研究が求められる。ソーンダイク以来のアメリカの教育心理学はこの領域に重点をおく伝統があるが,ソビエトの場合,これを重視するとともに,〈教授=学習のもとでの発達〉というように二つの領域をほとんどつねに統一的に扱おうとするところに特徴がある。(3)教育は子ども・青年の発達を考慮し,適正な学習指導を行って究極的には人間性の豊かな発達をめざすものであるから,教育心理学が人格・パーソナリティの研究を位置づけてきたのも当然である。とくに近年では不適応の現象が多面的にみられることに刺激され,たんにパーソナリティの基礎研究だけでなく,精神の歪みや逸脱に対して臨床心理学的に迫る試みが増えている。(4)測定・評価の研究は,心理学的・数量的測定から教育的価値の判断を含む評価へという歴史的発展をとげながら,教育心理学独自のものとして進められてきた(教育評価)。この領域は上記の三つの領域の全体にかかわり,知能・パーソナリティまたその発達,学習および他の場面で示される行動の測定と評価の方法・技術が研究される領域である。テストの開発と適用など教育心理学の中ではもっとも技術化が進んでいる領域である。教育心理学ではこれら4領域とならんで,集団の社会心理学的研究,学業不振児,種々の障害児の心理と教育なども扱う。
[研究方法]  一般心理学で用いられる諸方法の多くが教育心理学でも採用されている。すなわち実験法,観察法,質問紙法・面接法などの調査法,因子分析をはじめとするさまざまな統計技法などである。子どもの概念形成を実験的に研究するなどは実験法に属する。また子どもの発達過程とその法則の研究では観察法がよく用いられる。自然な生活場面での行動観察(自然観察),一定の条件を統制した場面での行動観察や特定の働きかけをした場合の行動の観察(組織的ないし実験的観察)などである。ただし,一般心理学における動物実験のように意図的に飢餓状態をつくりだしてこれとの関連で生ずる欲求や行動の変化を研究するなどは,当然のことながら避けられる一方,子どもの学力を高めると仮説されるいくつかの教授法を適用し,その効果を比較する実験教育(教育実験)法のように,教育心理学でとくに重視される方法もある。
[課題]  日本の教育心理学の歴史は外国の諸理論の導入にはじまり,その後も諸外国の動向の強い影響下で発展をとげてきた。そしてたいていの場合,そうした研究の成果を教育の場に適用するという方法をとってきた。ところが,もともと教育の過程は複雑な要因のからみあったダイナミックなものであるうえに,日本において独自に検討され蓄積されてきたすぐれた実践の内容・方法があるために,教育心理学の成果の適用はしばしば不成功に終わってきた。日本の教育心理学界で〈教育心理学の不毛性〉が教育心理学者自身によって論議されたことがあるのは,故なきことではないのである。今後期待されることは,日本の教育の現実とくに教育実践の事実に教育心理学者がもっと目を向け,事実に即して帰納的に研究を進められるよう実践者との協力共同を強化するなどして成果をあげていくことである。   茂木 俊彦

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教育心理学
I プロローグ

教育心理学 きょういくしんりがく 人間が環境と関わる中で、どのようにまなび、そだっていくのかということに関する理論と、その人間の成長や発達をささえ、うながすような条件や方法について、心理学的手法によって明らかにする学問。→ 心理学:発達心理学

II 学習意欲

「学習意欲」を例に考えると、(1)どのような教え方をすると子供の学習意欲がおこるか、(2)そもそも学習意欲とはどういうもので、どのような心理的な仕組みや働きをもつものか、(3)人の成長や発達という観点から考えたとき、どのような学習意欲をそだてることが必要か、というようなテーマについて、教育心理学では、理論的側面と実践的側面の2側面から研究をすすめる。

1 理論的アプローチ

理論的側面とは、人と環境がかかわるという観点から、人がまなび、そだっていくという姿を説明することである。とくに、環境側のどのような働きかけが、個人の学習や発達にどのような変容をもたらすのかという、環境の在り方と人間形成との間の有機的な関連を明らかにすることである。

2 実践的アプローチ

いっぽう、実践的側面とは、人がよりよくまなび、そだつには、どのような教育の在り方をもとめたらよいかといった教育実践的な問いに対して、具体的な問題解決にむけての視点を提供するような知識や技術を体系化することである。

以上の理論的側面と実践的側面は、別個のものとしてそれぞれ独立しているのではない。たとえば、理論的側面は実践的側面に根拠をあたえ、実践的側面は理論的側面に新たな問題を提起するというように両者は不可分の関係にある。

III 学習の連合説

歴史的には、アメリカのエドワード・ソーンダイクが教育心理学の創始者であると一般に位置づけられている。彼は、学習の連合説をとなえ、知能や能力の測定、学習の転移などの研究をおこなったが、とくに教育に対して適切性をもっていると考えられる心理学的な知見について、「教育心理学」と題して出版した。

このように教育心理学は一般心理学の知見を教育の領域に適用する応用心理学の1つとして位置づけられることが多かった。しかし、近年では、教育心理学には人間形成という独自の研究領域が存在していることから、むしろほかの心理学の分野から独立した学問領域としてみなされることが主流になった。

IV 教育心理学の領域

従来、「発達」(児童や青年の心理、生涯発達など)、「教授・学習」(授業、動機づけなど)、「人格・適応」(性格、道徳性など)、「測定・評価」(教育評価、テストなど)の4つが教育心理学のおもな研究領域とされてきたが、近年では「集団・人間関係」(学級集団、教師・生徒関係など)や「臨床・障害」(教育相談、障害児心理など)などの研究領域も重要視されている。教育心理学のテーマは、このような領域のどれか1つに属するというよりも、複数の領域にまたがって存在することも多い。また、学校教育のみならず、家庭教育や社会教育をも対象領域としている。


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K.コフカ
コフカ

コフカ
Koffka,Kurt

[生] 1886.3.18. ベルリン
[没] 1941.11.22. マサチューセッツ,ノーサンプトン


ドイツの心理学者。ギーセン大学私講師を経て,ユダヤ系のためナチスの迫害を受け渡米 (1924) ,コーネル,ウィスコンシン両大学の客員教授を経て,スミス・カレッジ教授。ゲシュタルト心理学の創始者の一人。視知覚に関する多くの重要な業績を残し,特にアメリカの心理学者に対するゲシュタルト理論の紹介に貢献。主著『児童の心的発達の基礎』 Die Grundlagen der psychischen Entwicklung des Kindes (21) ,『ゲシュタルト心理学原理』 Principles of Gestalt Psychology (36) 。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]


コフカ 1886‐1941
Kurt Koffka

ドイツの心理学者で,ゲシュタルト心理学の創始者の一人。1908年ベルリン大学で学位を得,10年フランクフルト大学シューマン研究室の助手となり,同じく助手であった W. ケーラーと知り合い,一緒にウェルトハイマーの知覚実験の被験者となった。以後,3人でゲシュタルト心理学の確立と普及に努めた。コフカは知覚のみならず,学習や記憶,発達,社会心理など心理学のほとんどすべての研究領域にわたってゲシュタルト心理学の立場から考察を試み,ゲシュタルト理論の体系化を行った理論家でもあった。その成果は《ゲシュタルト心理学原理》(1935)として発表されている。24年以降,アメリカに移住した。       小川 俊樹

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コフカ,K.
コフカ Kurt Koffka 1886~1941 ドイツの心理学者。ベルリン大学でカール・シュトゥンプの指導をうけていたが、1910年、ケーラーとともにフランクフルトのウェルトハイマーをたずね、そこでウェルトハイマーの被験者になってゲシュタルト心理学の創始者のひとりにかぞえられるにいたる。18年よりギーセン大学教授。21年よりウェルトハイマー、ケーラーらと「心理学研究」誌を発行し、ベルリン・ゲシュタルト学派の一員として視知覚に関する論文を多数発表した。

1924年にティチェナーの招きでコーネル大学をおとずれ、それを機に他のゲシュタルト学派の人たちに先んじて28年にアメリカのスミス・カレッジにうつった。35年にはゲシュタルト心理学の立場から心理学全体を通覧した大著「ゲシュタルト心理学の原理」をあらわすいっぽう、ウェルトハイマー、ケーラーら多数の亡命移住者の便宜をはかったといわれる。

彼はその主著の中で、ゲシュタルト心理学は「直接経験のできるかぎり素朴で純粋な記述」をめざす学問であるとのべ、「環境の場」を地理的環境と行動的環境とに二分して、後者の厳密な記述こそ心理学の目的であるとしている。

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ファイ現象
ファイ現象

ファイげんしょう
phi phenomenon

  

仮現運動,特にベータ (β) 運動において,刺激の強さや提示時間,空間距離,刺激の休止時間などを適切にとったときに現れる鮮かな運動印象のことで,最適運動とも呼ばれる。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]
プレグナンツの法則
プレグナンツの法則

プレグナンツのほうそく
Gesetz der Prgnanz

  

事物や図形を知覚したり,記憶したりする際に,それらが,そのときの条件の許すかぎり,簡潔化された規則的な形態ないし構造をもつものとして把握される傾向があることをさす。 M.ウェルトハイマーによって提出された一般的原理で,簡潔化の法則とも呼ばれる。ゲシュタルト要因はこの法則の具体的な現れとみなすことができる。





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ゲシュタルト要因
ゲシュタルト要因

ゲシュタルトよういん
Gestalt factors

  

心理学用語。ゲシュタルト (形態) をつくる要因ないし群化をいう。まとまりまたは全体の知覚体験を生じさせる条件のこと。多数の刺激が与えられている場合,われわれの体験する知覚内容は,一般にそれら刺激にひとつひとつ対応した個々ばらばらなものではなく,相互に関連をもち,互いに分離しながらもなんらかのまとまりをもつ。このような知覚経験の分離 (分節) とまとまり (群化) を規定する要因のこと。ゲシュタルト心理学の創始者の一人,M.ウェルトハイマーにより,点,線などの簡単な図形を用い,おもに視知覚の領域で確定された。 (1) 近接の要因 (他の条件が一定ならば近い距離のものがまとまって見える──I) ,(2) 類同の要因 (他の条件が一定ならば類似のものがまとまって見える──II) ,(3) 閉合の要因 (互いに閉じ合うものはまとまる傾向がある──III。 ac:bd より ab:cd にまとりまやすい) ,(4) よい連続の要因 (よりなめらかな経過を示すものがまとまりやすい──IV。 ab:cd より ad:bc にまとまりやすい) ,(5) よい形の要因 (単純,規則的,対称的な形になるようにまとまる傾向がある──V。3つの閉じられた部分としてより円と正方形が重なったものとして見る) のほか,共通運命の要因,客観的調整の要因,経験の要因などがあげられている。






R.アルンハイム
アルンハイム

アルンハイム
Arnheim,Rudolf

[生] 1904

  

ドイツ生れのアメリカの芸術心理学者。第2次世界大戦の頃に渡米し,ハーバード大学教授となる。ゲシュタルト理論を芸術,特に映画,絵画などの視覚的芸術における知覚構造の分析に応用した。主著『美術と視覚』 (1954) 。


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生活空間
生活空間

せいかつくうかん
life space

  

K.レビンがその心理学の理論のなかで提出した概念。ある時点において生体の行動を規定する事実の総体およびそれに対応して生体の内部に成立した世界をいう。これは大きく人と環境の領域に分れ,さらにそれらが個々の細かい領域に分化する。生体の行動は,その間の力学的な関係によって形づくられた心理学的場によって規定されるとする。





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緊張大系
緊張体系

きんちょうたいけい
Spannungssystem

  

緊張とともに K.レビンの心理学において用いられた基本概念の一つ。人の内部には種々の要求に対応した領域が存在し,特定の要求の発生に応じて当該領域は緊張状態を示すが,その緊張状態は他の領域のそれと比較的独立に,なんらかのまとまりをもって変化,推移する。このような人の内的領域の示す状態を緊張体系と呼ぶ。





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潜在学習
潜在学習

せんざいがくしゅう
latent learning

  

実際に目に見える行動としては,直接その実効が現れない形でなされる学習のこと。たとえばネズミに報酬としての餌なしに,何日間か迷路を探索させたあと,目標箱に餌を置くと,それ以前にはほとんどみられなかった行動の改善が急速に生じる。この場合,報酬なしの期間にも学習がなされたとみなし,潜在学習と呼ぶ。




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潜在学習
I プロローグ

潜在学習 せんざいがくしゅう Latent Learning 行動主義の枠組みのもとでは、学習には強化が必要である(または被験体の動因が解除ないし低減される必要がある)と考えられ、強化される反応を実際に遂行することが、学習成立にかかせないと考えられていた。

たとえば、ネズミにT迷路をはしらせ、右側のコーナーにいって餌(えさ)をえることを学習させようとするとき、ネズミに実際に右側のコーナーにいかせてそこで餌をえさせる遂行行動が、その学習にかかせないと考えられていたわけである。これに対して、実際の遂行(顕在的な目標反応)がみられないにもかかわらず、目標反応が学習される場合があることが指摘され、これが潜在学習とよばれた。

II 潜在学習の諸説

この潜在学習の存在をめぐる議論は、学習の事態においていったいなにが学習されるのかという問いがたてられたことに起因し、それはまた学習をどのようなものと考えるかの原理的な理論の対立にも起因していた。厳密な行動主義では学習は刺激と反応の連合であり、学習されるのは反応(行動の型)である。これに対してトールマンは、学習とはあるサインがあるときに、これこれの行動ルートをとれば目標に到達するという予期が成立することであると考える。つまり、学習されるのは反応そのものではなく、反応についての情報(知識)である。たとえば、ネズミがレバー(刺激)をおす(反応)とき、強化説や動因解除説では、そのおすという反応が学習されるのだという。これに対してトールマンらの新行動主義理論では、「レバー(刺激)をおす(反応)と、餌がでること(情報)が期待される」ということが学習されるのだという。

III 認知地図の実験

トールマンらは、強化説や動因解除説への反論となる次のような事実を指摘する。ネズミを後戻りできない複雑な迷路にいれ、1日1試行だけ迷路をはしらせる。統制群には目標に到達すると餌をあたえる。実験群には目標に達しても餌をあたえないまま、10日間この1日1試行の実験を継続する。統制群の成績は徐々にあがる。実験群も統制群ほどではないが成績が向上し、しかも11日目に餌を導入すると、翌日にはめざましい成績の向上がみられた。これは実験群のネズミが餌なしの条件下でも迷路内を探索し、迷路に関する情報(認知地図)を形成していると考えれば説明がつく。

このような認知地図の形成に関しては、次のようなおどろくべき実験結果もある。今、腕が8本でた放射状迷路の中心にネズミをおき、それぞれの腕の先端部分に餌を1個おいて8個すべてを食べるまでを1試行とする。ネズミにとってもっとも効率的な行動は、餌のある腕に1回はいって餌を食べれば、もうその腕にはいかないという方略、つまり、8回腕をはしって8個の餌を食べることである。この効率的な行動を、ネズミはなんとわずか数試行でマスターするのである。このような行動ができるためには、ネズミは認知地図を形成するとともに、どの腕をはしったかを記憶している必要があるが、どうやらネズミにはその能力があるらしい。

IV 予期説の今日的意義

トールマンの予期説は、当時の厳格な行動主義の流れの中ではじゅうぶんな評価をうけずにきた。「潜在学習」という言葉自体、学習は顕在的な遂行行動であるという前提にたつものであり、厳格な行動主義の立場では、生活体の内部の認知過程を問題にしようとしなかったからでもある。しかし、学習が「反応についての情報をえること」であったり、「目標に到達する行動ルートを発見すること」であるなら、それはかならずしも顕在的な遂行行動である必要はなく、むしろ「認知」や「思考」などと同じで生活体の内部過程でおこっている可能性がじゅうぶんにある。しかし当時の研究者の多くは、この潜在学習の存在をみとめながらも、それをトールマンの予期説で説明することには反対し、餌以外のなんらかの報酬があたえられている(迷路からだしてもらうなど)とか、においをかぐ、移動するという要素的行動が強化になるなど、すべて強化や動因低減とむすびつけて説明しようとしていた。

今日の認知心理学的研究によれば、ネズミの「認知地図」をあらわしていると考えられる神経細胞が、脳の海馬領域にみいだされるなど、むしろトールマンの考えを支持する事実が多数えられている。当時、潜在学習という概念の中で考えられていたことが今日の認知の問題に対応するわけで、刺激と反応を生活体が媒介しているというトールマンのモデル自体、今日の認知モデルの前駆形態だったといえるかもしれない。

→ 過剰学習:学習の転移


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行動
行動

こうどう
behaviour

  

人間や動物が内的外的刺激に対して示す反応の総称。行動は観察座標や測定尺度の取り方いかんによって,たとえば生体内の化学物質の変化や筋反射としてとらえることもできるし,また生体の示す全体的な,あるいは目的的反応としてとらえることもできる。前者を分子的,微視的行動,後者を全体的,巨視的行動というが,この区別はもとより相対的なものにすぎない。行動を対象とする最近の心理学では,取扱われる行動は必ずしも外部から観察可能な身体的行動にのみ限られず,思考や認知の過程などにおける精神的行動をも含む。





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行動
こうどう behavior

一般的な言葉であるが,ここでは動物行動学上の用語として説明する。動物の個体が表す動きaction や反応 reaction のうち,生活上の意味(機能)をもつものをいう。必ずしも体の移動locomotion や運動 movement を伴う必要はなく,じっと動かないで隠れているような場合や,体の一部だけの動きでも,それが生活上の意味をもてば行動と呼ぶことができる。
【行動のメカニズム】
 動物はきわめて多様な行動のレパートリーをもっているが,特定の状況で必要な行動がまちがいなくとられなければ生きていくことはできない。それを可能にするのは次のようなメカニズムであると考えられている。まず動物の内部で特定の行動に対する衝動 drive または動機づけ motivationが高まる。そういう状態において適切な信号を伝えるリリーサー(解発因)に出会うと,生得的解発機構を介してその行動が解発されるというわけである。したがって,内的状態と外的条件が二つながらそろって,初めて適切な行動が解発されることになる。一般に内的な動機づけが高まってくると(あるいは高まっているにもかかわらずリリーサーが見当たらないと),動物は積極的にリリーサーを探し求める。例えば性衝動の高まった雄が雌を探し求めてあちこち動き回るといったもので,こういう行動は欲求行動 appetitive behavior と呼ばれる。うまく目標が達成された場合には欲求は消滅するが,いつまでもリリーサーに出会えないと,しだいに解発の閾値(いきち)が低下し,誤った刺激で解発されたり,ついにはまったく対象なしに行動が出現することになる(真空行動)。
 一方,一つのリリーサーが動物の相反する動機づけ(例えば攻撃と逃走)を刺激する場合には損藤(かつとう)行動 conflict behavior が現れる。トゲウオのジグザグ・ダンスはその好例で,攻撃と逃走が交互に解発されることによって生じるものである。相対立する衝動の拮抗の結果,別の対象に行動を向ける転嫁行動 redirected behavior(例えば上位の個体に攻撃された個体が下位の個体に攻撃を向ける場合)やまったく別種の行動が現れる転位行動 displacement behavior(例えば闘争の最中に突然品を食べはじめるような場合)も損藤行動に含まれる。
【行動における学習の役割】
 リリーサーと生得的解発機構はそれぞれの動物の種によって遺伝的にきまっており,それによって現れる行動を生得的行動 innate behavior と呼ぶ(従来これは本能行動 instinctive behavior と呼ばれたものであるが,本能という概念のあいまいさゆえに今日では用いられなくなった)。これに対して経験や学習によって形づくられる行動も確かにあり,それらを学習行動または習得行動learned behavior と呼ぶ。古くから行動が生得性によるのか学習によるのかという議論があるが,この問題に対する答えは単純ではない。一般にある生物学的な意味をもつ行動パターンは単一の行動から成りたつものではなく,いくつかの行動成分の連鎖からなる(反射や走性,定位といったものも,その成分の一つである)。例えば,ネコがネズミを捕らえる行動を考えてみると,少なくとも身構える,跳びつく,殺す,食べるという四つの行動成分があり,それぞれに特異的な動機づけが存在する。つまり,ネコの内的状態に応じて,殺すが食べない,跳びつくが殺さない,身構えるが跳びつかないということがありうるのである。したがって,もちろん単一の狩猟本能などというものがないことは明らかであるが,しかし何を獲物とすべきかという点について見れば,親から学習しなければならない。また鳥の〈刷込み〉という現象では,刷り込まれる対象についていえば学習的といえるが,それが起こりうるのは遺伝的に決まった特定の時期だけであり,刷り込まれた対象に向ける行動パターンも遺伝的に決まっている。したがって,ある行動パターンが全体として学習的であるとか生得的であるとかいう議論は無意味であり,むしろその行動パターンがどういう成分からなり,それぞれの成分にどういう動機づけがあり,そのどの部分で学習が作用するかを明らかにするほうが重要である。
【行動の分類】
 動物の行動はその機能によってさまざまに分類される。以下に代表的なものについて論じる。
[配偶行動 mating behavior]  性行動,繁殖行動ともいう。雌雄が出会ってから交尾に至るまで,生殖にかかわるすべての行動が含まれる。配偶行動の発現はおもにホルモンによって制御される。だいたいその動物の繁殖シーズンに合わせて行動が活発になる。多くの動物の出産が春から初夏にかけて行われるが,このような場合,冬の終りごろから生殖腺が大きくなり,雌雄の性ホルモンの活性が高まって,これが個体の内的な衝動を高め相手を求める欲求行動を導く。例えば,日長が長くなり温度が高くなってくるとカナリアの雄の性的衝動が高まり,さかんにさえずるようになる。これは雄性ホルモン(アンドロゲン)の影響である。さえずりは雌のエストロゲンの生産を促し,巣造りを始め,体内では卵が発達しやがて交尾に至る。ほとんどの動物は,年周期的に配偶行動が発現するが,年1回の場合と2回以上の場合がある。
 雌雄の出会いから交尾に至るまでの過程をスムースに行わしめるのが求愛行動 courtshipbehavior である。まず体色の変化(婚姻色),種に固有の発声,発光パターン,フェロモン,あるいは独特の行動によって,雌雄が引き寄せられる。いったん雌雄が出会うと,次には両者が相手を見て攻撃したり逃走するのを抑える行動が現れる。これは一般に攻撃的な部分を隠したり,相手をなだめるための儀式化した身ぶり,すなわちディスプレーによって果たされる。なだめの行動として広くみられるものに求愛給品 courtship feeding がある。これは雄が雌に食物(儀式化して単なる形式になっている場合も多い)を与えるもので,アジサシなどの鳥類,オドリバエなどの昆虫にその典型的な例がみられる。
[育児行動 paternal care]  子を産んでから,子が独立して生活できるようになるまでに親が示す行動のすべてをいい,鳥類の抱卵,抱雛(ほうすう)なども含まれる。当然のことながら,未熟な状態で子を産み落とす種ほど,育児行動はよく発達している。トゲウオの雄は巣の近くで卵を守り,稚魚の防衛をし,ティラピアなどのマウスブリーダーと呼ばれる魚は,母魚が口内で卵を孵化(ふか)し,稚魚は危険を感ずると母魚の口内に隠れる。留巣性(晩成性)の鳥の雛は巣の中で親鳥の給品を待つが,親が品を運んでくると,口を大きく開き,鳴声をあげて給品しやすい信号を送る。イスカの雛の口の内側には青藍色に光る突起が4ヵ所にあり,これが親の給品行動のリリーサーとなる。ライオンやキツネは単に哺乳して子を育てるだけでなく,一定期間ともに生活して獲物を狩ることなどを教える。また,胎児が早く産まれる有袋類は育児臥を有し,この中に胎児を入れて育てる。
[防衛行動 deffensive behavior]  動物が自分たちを害すると思われる相手に対して示すすべての行動を含む。カメが甲の中に体を引っこめるのも,ハリネズミが針を逆立てるのもそうした行為の一つである。隠戴の効果の高い体色や形をした鳥の雛(例えばキジ,チドリ)が,枯草や小石の間にうずくまって不動の姿勢をとるのも防衛行動の一種である。多くの昆虫,魚などは,体色や形の効果を利用し隠れる防衛を行っているが,逆に目だつ色彩やパターンを利用して相手を威嚇して身を守る場合もある。フクロウチョウの後翅(こうし)にはフクロウの目のような斑紋(目玉模様)があるが,普通に静止しているときには前翅の下になって見えない。しかし,危険を感じてはばたくと突然,後翅の模様が現れ,捕食者である鳥を威嚇する。スズメガやヤガの幼虫の胸部背面にある目玉模様も同じ効果をもつ。オドシガエルは,しりの左右に目のような斑紋をもち,危険な相手が近づくと,しりを上げ振るようにして威嚇し逃走する。熱帯のチョウチョウウオの中には尾部に目玉模様紋をもち,こちらが頭のように見せ,相手がここを襲うと反対方向に逃走する〈はぐらかし〉の効果をもつものもある。
 直接,有害な毒をもち身を守る動物は,昆虫やヘビ,カエルなどに多いが,このような動物もつねに毒を用いるわけではない。むしろ相手に注意させることで攻撃を避けている場合が多く,ガラガラヘビの発音はその例である。また,はでで目だつ体色が相手に警戒させ,身を守る効果も上げている。毒ガエルや毒ヘビの多くが鮮やかな体色をしているのはそのためである。こうした有毒な動物の体色や形,行動などに似た形態,色彩を有する無毒な動物が擬態で,これも一つの防衛行動の中に入れられよう。このほか,捕食されそうになる,あるいは捕まると相手の嫌う物質を放出するのも防衛である。アゲハチョウの幼虫が胸部背面から突起を出しにおいを放出するとか,ゴミムシが捕まるとにおいを出すのがその例である。タコやイカの墨,ブダイが睡眠中に粘膜を体の周囲に分泌するのも防衛である。シカの仲間は速い走力をもち,走って逃げるのも防衛であり,このときはジグザグに走って捕食者をまぎらわす。ウサギが巣穴から,わざと違う方向に遠く逃げるのも仲間を守る意味で防衛行動に含まれよう。このような行動は,自分の身を捨てても同種の仲間を守る意味で利他的行動ともいわれる。
[闘争行動 aggressive behavior]  動物が自分の所有する有利な特徴を用いて,不安の対象,あるいは敵対する相手に対して攻撃をしかけることで,捕食のための攻撃とは区別する。一般に不自然に接近する他個体は,その動物にとっては不安な相手であるから,威嚇ないし警告の信号を出して排除しようとする。それでもなお相手が退かないと,損藤状態に陥り,さらに相手が近づいた場合には闘争になる。C. ダーウィンはイヌの表情から,この不安と闘争,あるいは服従に至る経過を述べ,とくに不安や損藤が高まっているとき,前傾姿勢で歯をむき尾や耳を立て,不動の状態になることを指摘した。動物の世界での闘争は異種間より同種の仲で多く見られ,とくに配偶時の雄間に多い。角をもつシカやウシ,ヒツジは,雄どうし,激しく頭をぶつけ角をからめて闘争する。サルは歯をむき出し,前肢を用いて闘い,トゲウオは相手の腹部に頭でつきかかる。ニワトリ,キジはくちばしで相手の頭部をつつき,トカゲはかみ合う。このように角,きば,歯,つめ,脚などその動物が有する最も効果的な武器を用いて闘争は行われるが,相手が逃走を始めると攻撃は終わり,死に至ることはほとんどない。群れをつくる動物では,長い共同生活の間で,おのずから強弱の順位関係ができ,優位個体はおどすだけで相手を排除することもある。
[捕食行動 predatory behavior]  肉食性の動物が食物を得るために相手を捕らえる行動である。最も直接的なのが肉食獣が相手を攻撃し捕らえる方法で,狩り hunting と呼ばれる。しかし,捕食行動は獲物の生態や習性と密接に結びついており,きわめて多様である。ライオン(とくに雌)は,2,3頭が組になり,待ち伏せする個体と狩り出す個体に分かれて協力して捕らえる。カマキリは枝や葉,あるいは花の中に隠れて待ち伏せ捕食し,クモの網も獲物を捕らえるためのものである。アンコウは体の突起をゆり動かして小魚を誘い捕食する。ある種のホタルの雌は,別種の発光信号を出し,近づいた別種の雄を捕食する。キーウィは長いくちばしで地をほじり,小さな地中の動物を捕らえる。ガラパゴスのキツツキフィンチは,小枝やサボテンのとげで木の中の虫をほじり出す。テッポウウオは水中から水を噴き出して,葉の上の虫を水の上に落として捕食する。なお草食性,腐食性を含めて,品のとり方一般にかかわる行動を採食行動と総称する。
 これ以外にも,行動の意味合いに応じて,新しい環境におかれた動物がしばらく周囲をさぐり回る探索行動とか,巣づくりのための営巣行動,仲間を認知し,互いの親和を強める挨拶行動,敵から逃げる逃走行動,目的は不明りょうだが,その時点での衝動の解消や将来の行動の予備的行為と思われる遊び(例えばじゃれる子ギツネ)などに細分することが可能である。      奥井 一満

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操作主義
操作主義

そうさしゅぎ
operationalism

  

科学的概念と実験的手続とを関係させるに際して,概念はその質的価値を測定する科学者自身によって遂行される実際の操作によって定義されなければならないとする立場。従来は無意識に行われていたが,相対性理論や量子論の展開とともに,P.ブリッジマンによって明確に定式化された。この考えは S.S.スティーブンズを通して心理学にも大きな影響を与えた。たとえば,知能を知能検査という操作によって測定されたものとする見方がある。しかしラッセルによれば,この基準の厳密な適用は不可能であるという。





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操作主義
そうさしゅぎ operationalism∥operationism

概念はすべて何らかの操作によって定義されねばならない,という主張。この種の主張はもともとプラグマティズムの始祖 C. S. パースにあった。彼によれば,ある物体が重いということは,何らかの実体的な性質ではなく,ただ,反対の力がなければその物体は落下する,ということを意味するだけなのである。しかし操作主義が一つの明快な主張として人々の注目を集めたのは,アメリカの物理学者 P. W. ブリッジマンの《現代物理学の論理》(1927)においてである。彼はアインシュタインの特殊相対性理論などを引用しながら,概念とはそれに対応する一組の操作と同義である,と主張した。この主張は,人々に多大な影響を与えたが,とくに心理学者たちへの影響は著しかった。それはこの主張が,行動主義的な心理学者たちに物理学の面から明確な方法論を与えたからである。しかしこの主張は,高度に理論的な科学の概念には適用できないことが,しだいに明らかになってきた。そこでブリッジマンは,その主張をしだいに弱めていった。そしてついには,〈紙と鉛筆による操作〉ということをいうまでになる。紙と鉛筆による数学的ないし論理的計算,ということである。こうしてブリッジマンは,概念はすべて,途中に計算を介してもよいから,何らかの操作と関係しなくてはならない,というまでに後退するのである。しかしここまでくれば,それは,自然科学者からすれば当然のことであり,とくに改めて主張するほどのことではない。かくして操作主義の実質は,ブリッジマン自身によって,しだいに消されていったのである。興味深いことに,操作主義と同様な主張が,ほぼ同時代に,ウィーン学団の主張〈論理実証主義〉の中にもあった。〈意味の検証理論〉といわれるものがそれである。しかしこれも,操作主義と同様に,しだいに衰退していった。
                         黒崎 宏

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P.ブリッジマン
ブリッジマン

ブリッジマン
Bridgman,Percy Williams

[生] 1882.4.21. マサチューセッツ,ケンブリッジ
[没] 1961.8.20. ランドルフ




アメリカの物理学者,科学哲学者。ハーバード大学で学び,1908年学位取得後,同大学教授 (1919~54) 。高圧をつくる装置を案出し,高圧 (最終的には 40万気圧に達した) 下における種々の物質の電気的・熱的・力学的性質を研究。この業績により 46年ノーベル物理学賞を受賞した。また操作の概念を中心とする彼の哲学的立場から科学上の諸概念について哲学的考察を加え,『現代物理学の論理』 The Logic of Modern Physicsなどを著わし,次の世代のアメリカの物理学者たちに影響を与えた。





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ブリッジマン 1882‐1961
Percy Williams Bridgman

アメリカの物理学者。マサチューセッツ州ケンブリッジの生れ。ハーバード大学で物理学と数学を学び,研究員,専任講師を経て19年同大学教授,26年には同大学の数学,自然哲学のホリス教授職に就任し,50年ヒギンス大学教授となる。高圧下の物性に関心をもち,はじめは高圧用の圧力計の開発を目ざし,その過程で高圧下でも圧力漏れのないパッキングを開発,5万kgf/cm2や10万kgf/cm2の高圧下での,種々の元素や化合物の圧縮率,電気伝導率,熱伝導率,抗張力,粘性などを研究,高圧物理学の発展に貢献した。これら超高圧発生のための装置の発明と高圧領域における諸発見によって,1946年ノーベル物理学賞を受賞。また,科学概念は具体的な測定などの操作によってのみ規定しうるとする操作主義を展開したことでも知られる。⇒操作主義  日野川 静枝

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ブリッジマン,P.W.
ブリッジマン Percy Williams Bridgman 1882~1961 アメリカの物理学者。高圧下(→ 圧力)の物性の研究で知られる。マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれた。ハーバード大学にまなび、1910年から同大学物理学部に勤務、19年に正教授となった。

高圧下におけるさまざまな物質の電気的、機械的、熱力学的性質(→ 熱力学)を明らかにするため、たくさんの実験をおこなった。高圧下でおこる現象を研究するには、実験装置も自分で工夫してつくらなければならなかったが、最終的に40万気圧という高圧の実現に成功した。多数の発見にくわえて、彼が開発した実験装置や技術は、のちの多くの研究者が高圧科学や高圧工学の領域で重要な業績をあげるのに貢献した。

1955年にはじめて成功したダイヤモンドの合成もその成果である。1946年、高圧発生装置の開発と、それをもちいてえた発見に対してノーベル物理学賞が授与された。科学上のいろいろな概念について哲学的な考察をくわえた著書ものこし、科学概念は具体的な測定や実験によってのみ規定できる、としている。この主張は操作主義とよばれる。代表的なものに「現代物理学の論理」(1927)および「物質はどんなふうに存在するか」(1959)がある。


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S.S.スティーブンズ
スティーブンズ

スティーブンズ
Stevens,Stanley Smith

[生] 1906.11.4. ユタ,オグデン
[没] 1973.1.18.

  

アメリカの心理学者。ハーバード大学教授。感覚および心理学における尺度構成に貢献 (→べき法則 ) 。新精神物理学を提唱。主著『聴知覚』 Hearing (1938,H.デービスと共著) 。





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尺度構成
尺度構成

しゃくどこうせい
scaling

  

行動の数量的記述や予測のために感覚尺度,態度尺度あるいは知能や性格の尺度を構成すること。被験者に刺激や質問あるいは課題を与え,その応答についていくつかの仮定や基準を設けることによって,刺激の感覚尺度値や質問の難易度を求めたり,被験者の個人差を数量化したりする。尺度構成法として,一対比較法,継時間隔法,マグニチュード推定法,順位法,多肢選択法などがある。得られた尺度値に許容される演算や統計処理の種類によって,名義尺度,順序尺度,距離尺度,比率尺度などが区別される。





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べき法則
べき法則

べきほうそく
power law

  

S.S.スティーブンズが心理学において用いた法則。彼はフェヒナーの法則を批判し,分割法やマグニチュード推定法などの比率尺度構成法を用いて感覚量Sと刺激量Sとの間に指数関数 R=KSn (Kは定数) の対応関係があることを示し,刺激量のべき (冪) の概念を用いたところから,これを精神物理学的べき法則と名づけた。nは光の明るさについては 0.33になるなど各感覚について一定の値を示すので特性指数という。





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強化説
強化説

きょうかせつ
reinforcement theory

  

学習は無条件刺激によって強化されなければ成立しないという心理学の理論。つまり満足をもたらす反応のみが反応量を増加させ,反応生起確率を増大させるという説。この説を代表するのは E.L.ソーンダイクや C.L.ハルである。強化説と対立するのは接近説であるが,強化説では刺激と反応とが時間的に接近しているだけでは学習成立にとって十分ではないと唱えられている。





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強化
強化

きょうか
reinforcement

  

(1) 条件づけの学習に際して,刺激と反応との結びつきを強める手段そのものをさす。ないしはその手段によって結びつきが強められる働きのこと。たとえば古典的条件づけでは,食物などの無条件刺激を提示する手続そのもの,ないしはこうした無条件刺激の提示によって条件刺激と唾液分泌との結合が強められること。また道具的条件づけでは,被験個体がてこを押したり,迷路の目標箱に到達したときに餌などの報酬を与える手続そのもの,ないしはこうした手続によって被験個体のおかれている刺激状況,てこを押したり目標箱に向って走るという特定の反応との結合が強められること。 (2) 餌などの報酬,電気ショックなどの罰そのもののこと。これは厳密には強化因子と呼ばれる。 (3) 言語学習,課題解決場面における反応の結果について正誤などの知識,情報を与えること。





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接近説
接近説

せっきんせつ
contiguity theory

  

学習が成立するためには,刺激と反応とが時間的,空間的に接近して生起することが必要十分条件であるとする説。刺激=反応説の一つで,E.R.ガスリーによって提唱された。同じく刺激=反応説に含まれる強化説とは,刺激と反応の結合にあたって強化を必要とするか否かの点で対立している。





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E.R.ガスリー
ガスリー

ガスリー
Guthrie,Edwin Ray

[生] 1886.1.9. アメリカ,ネブラスカ,リンカーン
[没] 1959.4.23. アメリカ,ワシントン,シアトル

  

アメリカの心理学者。ワシントン大学教授。行動主義的立場に立ち,学習理論として刺激=反応説をとるが,その結合法則として接近説を主張した。現代の学習研究者に大きい影響を及ぼしている。主著『学習心理学』 The Psychology of Learning (1935) 。





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E.C.トールマン
トールマン

トールマン
Tolman,Edward C(hace)

[生] 1886.4.14. マサチューセッツ,ウェストニュートン
[没] 1959.11.19. カリフォルニア,バークリー

  

アメリカの心理学者。カリフォルニア大学教授。 J.B.ワトソンの分子的行動主義の限界を指摘し,行動は全体的な目標志向的反応であり,認知過程によって導かれるとし,目的論的全体的行動主義を主張。したがってその立場は行動主義のゲシュタルト理論への融合として注目された。また操作主義を心理学へ導入し,心理学の体系化に貢献した。主著『動物と人間における目的的行動』 Purposive Behavior in Animals and Men (1932) 。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]



トールマン,E.C.
トールマン Edward Chase Tolman 1886~1959 アメリカの心理学者。マサチューセッツ工科大学を卒業後、ハーバード大学で学位を取得。ノースウェスタン大学をへて、カリフォルニア大学の教授となる。ドイツ留学時にゲシュタルト心理学にふれたことが、その後の彼の理論展開に影響をおよぼしたといわれる。

トールマンによれば、生活体は環境を認知して行動している。それゆえ生活体の行動を理解するためには、生活体が環境をどのように認知しているか、また行動の目標とそれにみちびく手段との関係をどのように認知しているかを知らなければならない。この認知の過程を、従来の行動主義における刺激(S)と反応(R)を媒介する仲介変数とみて、それを重視するのがトールマンの学説の特徴である。

これはワトソンの行動主義とも、また媒介過程をブラックボックスとして無視するスキナーの行動主義ともことなる考え方で、その立場は狭義における新行動主義、あるいは目的論的行動主義ともいわれる。彼によれば、学習は刺激と反応の単純な連合ではなく、むしろ状況についての認知の成立と考えられなければならない。つまり、環境内のどのような記号がどのような意味をもつかを生活体が認知してはじめて、どうすればどうなるという学習が成立するのだという。そこから、独自のサイン・ゲシュタルト説がとなえられた。このような認知を媒介としたトールマンの学習理論は、今日の認知心理学をもっともはやい時期において先どりする一面をもっていたといえる。


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S-S説
S‐S説
エスエスせつ sign‐significate theory

学習心理学における S‐R 説と対立する理論で記号意味説ともいう。学習とは時間的空間的に接近した二つの刺激があるとき,前の刺激が後の刺激についての記号として意味をもつようになることであると考える。そこに手段‐目標関係の認知地図ができ上がるのであって,動因低下とか強化が学習の基礎ではないとする。その根拠は場所学習や潜在学習の事実である。この説の代表者トールマン E. C. Tolman(1886‐1959)が学習と実行行動を別概念としたのは注目される。⇒S‐R 説
                        梅津 耕作

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B.F.スキナー
スキナー

スキナー
Skinner,B(urrhus) F(rederic)

[生] 1904.3.20. ペンシルバニア,サスケハナ
[没] 1990.8.18. マサチューセッツ,ケンブリッジ

  

アメリカの心理学者。ミネソタ,インディアナ大学を経て,ハーバード大学教授。新行動主義に属するが,特に実験的行動分析学派の創始者として知られる。動物のオペラント行動 (→道具的条件づけ ) の研究から,これをティーチング・マシンによる教育法に発展させた。主著『心理学的ユートピア』 Walden Two (1948) ,"The Behavior of Organisms" (38) ,"Science and Human Behavior" (53) ,"Contingencies of Reinforcement" (69) 。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]


スキナー 1904‐90
Burrhus Frederick Skinner

新行動主義を代表するアメリカの心理学者。1948年以来ハーバード大学の終身教授。《生体の行動》(1938)はスキナー箱による多くの実験をもとにオペラント行動概念を述べたもので,その後の研究活動はすべてここから展開した。また行動の制御を具体化する理想共同体についての空想小説の執筆,理想的保育小屋による子育て実践,行動分析の研究会と雑誌の指導のほか,精神薬理学,精神病者や障害児に対する行動療法,幼児教育,ティーチング・マシンによる教科学習法などに行動工学的技術を広く応用した。さらに経済,行政,宗教などの実験的行動分析の立場からの解析,老年期の過ごし方の研究などもある。すべて行動の予測と制御のための具体的操作と行動変容の測度を重視し,擬似生理学的説明,未熟な媒介変数による理論化,数学的モデル,因子分析などに反対した。主著はほかに《科学と人間の行動》(1953)など。              梅津 耕作

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スキナー,B.F.
スキナー Burrhus Fredelic Skinner 1904~90 アメリカの心理学者。行動主義心理学の屋台骨をなすオペラント条件付けの創案者。1931年にハーバード大学で学位をえたのち、ミネソタ大学、インディアナ大学の教授をへて、48年から定年までハーバード大学の教授をつとめた。

大学院生のころに、ネズミがバーをおせば餌(えさ)がでる「スキナー箱」を考案し、動物の自発的な行動(オペラント行動)は、随伴性強化(その行動をおこなえば餌をあたえられること)によってその生起確率がますというオペラント条件付けの基本原理を確立した。そして、パブロフの条件付け(古典的条件付け)では被験体が刺激になかば受動的に反応させられているとして、これをレスポンデント条件付けとよぶいっぽう、自らの創案した条件付けをオペラント条件付けとよんだ。

スキナーは被験体のおかれる刺激条件と強化の与え方(強化のスケジュール)によってすべての学習行動を説明できると考え、刺激と反応を媒介する過程を問題にしようとしなかった。彼にとっては生活体はいわば空虚な存在にすぎず、行動が依存しているのは直接的な環境であり、したがって環境条件を統制できれば行動を統制できるというのが彼の信念であった。

このラジカルな行動主義に対しては、当然さまざまな批判も生まれ、とくに媒介過程を問題にしなかったことへの不満や批判が、スキナーの行動主義心理学を否定して今日の「認知革命」がもたらされる直接の動機のひとつとなった。しかし、薬理効果をしらべるための動物実験や、ティーチング・マシンによる教育、ネガティブな行動を除去したり、のぞましい行動を形成したりするためのオペラント療法など、スキナーのオペラント条件付けを中心とした行動主義心理学は現在もなお多方面に大きな影響力をもっている。


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道具的条件づけ
条件反射
条件反射

じょうけんはんしゃ
conditioned reflex

  

I.P.パブロフの用語。口の中に食物を入れると唾液が出るのは生得的な反射であるが,たとえばイヌにベルの音を聞かせてから餌を提示する訓練を繰返すと,ベルの音を聞かせただけで唾液を出すようになる。このような場合この音刺激によって引起される唾液分泌反射を条件反射という。





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条件反射
じょうけんはんしゃ conditioned reflex

I. P. パブロフによって研究,発見された学習現象の一種で,学習の最も基本的な型をなすと考えられている。パブロフの条件反射は生理学の領域から出発したが,それは諸方面,とくに心理学に大きな影響を与えた。現在,心理学では,生理学的単位としての反射にとどまらず,生活体の諸反応を含む行動を取り扱うこともあって,条件反射の代りに,より広義の条件反応 conditionedresponse ということばが用いられる。
 唾液条件反射はパブロフによって始められ,最もよく知られたもので,イヌにベル音を鳴らしたあとで,食品を与えることを繰り返すと,ベル音を鳴らしただけで唾液が分泌されるようになる。防御条件反射では,ベル音を鳴らして足の皮膚に電撃を与えることを繰り返すと,ベル音を鳴らしただけで屈曲反射が起こり,電撃を避けるようになる。このときベル音を条件刺激 conditioned stimulus(略称 CS)といい,食品や電撃を無条件刺激unconditioned stimulus(略称 US)という。また条件刺激によってひき起こされる反応を条件反射conditioned reflex(略称 CR),無条件刺激でひき起こされる反応を無条件反射 unconditionedreflex(略称 UR)という。条件刺激と無条件刺激を組み合わせて与える操作を強化 reinforcementという。
[条件反射の特性]  条件反射は次のような性質をもっている。(1)条件反射が形成された動物で,無条件刺激なしで条件刺激のみを繰り返すと,条件反射は弱くなり消失する。これを消去extinction という。多くの場合,時間がたつと条件反射は自然に回復する。(2)条件反射をひき起こすためには,条件刺激(CS)が無条件刺激(US)に先行することが必要とされる。(3)CS1が条件刺激になっているとき,これとよく似た CS2が条件反射をひき起こす場合,これを汎化 generalization という。(4)CS1と CS2がともに条件反射をひき起こすことができるとき,CS1を強化し,CS2を強化しない操作を続けると,CS1によってのみ条件反射が起こるようになる。これを分化 differentiation という。(5)分化,消去によって CS として作用を失った刺激は無効になったのではなく,これを他の有効な CS と組み合わせて与えると,この効果を抑制(制止)する作用をもつ。これを内抑制 internalinhibition という。これに対して,動物の病的状態や情動興奮の状態では,分化,消去の操作を受けていない CS も,その効果が突然減弱することがある。これを外抑制 external inhibition という。
[条件反射の神経機構]  条件反射(条件反応)の際,脳の中で何が起こっているのか,という条件反射の神経機構の研究では,まず行動学的なアプローチによって現象面が整理され,ついで脳の各部分を破壊して学習の座の研究が行われた。また,脳波や誘発電位を用いて,脳の電気活動との関連が追求されるようになった。1950年代の後半には,新しい方法として,無麻酔で行動している動物からニューロン活動を記録する方法が用いられるようになった。ジャスパー H. H.Jasper らは,無麻酔サルを首かせのついた椅子に座らせ,あらかじめ頭に固定したマニピュレーターで大脳皮質からニューロン活動を記録できるようにしたうえで,光を条件刺激とし,前腕の皮膚の電気ショックによる前腕の屈曲を無条件反射として条件反射を形成し,その過程での大脳のニューロン活動を記録した(1958)。この逃避条件反射時に,大脳運動野のニューロンの放電数は増加もしくは減少することが見いだされた。
 条件反射の潜時が比較的短く,それに関係した神経回路が比較的単純なものと予想される例として,ネコの瞬目反射を音で条件づけたウッディ C.D. Woody らの研究がある。ネコの眉間(みけん)を機械的に刺激すると,眼輪筋が収縮して眼瞼を閉じる反射が起こる。これを無条件刺激とし,音(クリック音)を条件刺激として,音と眉間の機械的刺激とを組み合わせて刺激を繰り返すと,音だけで眼輪筋が収縮するようになる。このとき,音を与えて眼輪筋に活動電位(筋電図)が発生するまでの潜時 latent time は20ms であり,眼輪筋を支配する顔面神経核の運動ニューロンに活動電位が発生するまでの潜時は17ms である。このとき大脳の運動野を切除すると,この条件反射は消失するから,大脳の運動野がこの条件反射に関与していることがわかる。この大脳運動野でニューロン活動の記録を行うと,音より13ms の潜時でニューロンの放電が起こる。すなわち,顔面神経の運動ニューロンの活動より4ms 先行して,大脳皮質運動野のニューロンの放電が起こる。大脳皮質運動野の出力細胞が介在ニューロン一つを介して顔面神経運動ニューロンに接続しているとすれば,この4ms の時間は説明できる。このような瞬目反射の条件反射は,音を条件刺激とする代りに,大脳皮質運動野に微小電流を加える電気刺激でも形成される。
[パブロフと条件反射]  19世紀の終りころパブロフがペテルブルグ実験医学研究所の研究室で消化生理に関する研究を行っていたころ,実験室のイヌが食物を見ただけで唾液分泌を起こすことを観察して,唾液腺という一見あまり重要でない器官の活動にさえ,いわゆる精神的刺激が影響を及ぼしていることについて考えるところがあった。彼は考え悩んだ結果,いわゆる精神的刺激なるものを純粋に生理学的に扱おうと決心した。そこに見いだされる法則性はより高次の精神活動を科学的に解く鍵になると考えたのである。パブロフは1904年にノーベル生理・医学賞を受けたが,その受賞の理由が,彼の最も大きな業績である条件反射の創始に対してではなく,消化の生理学的研究に対してであったのは興味深い。
 条件反射の創始がもたらした意義は,第1に,われわれの学習,適応行動を科学的に研究する方法論を与えたことである。第2に,それが対象とするいわゆる精神現象といわれるものにも,原因‐結果の因果律が支配することを示したことであり,このような因果関係をよりどころに,精神の過程を科学的に研究できる糸口を与えたことである。
 パブロフ以後,その研究はパブロフ学派に受け継がれた。弟子の一人であるポーランドのコノルスキ J. Konorski は,条件反射学の体系の中にニューロン生理学の知見を導入することに努めたが,それに基づいた重要な知見を加えたわけではなく,むしろ,それは今後の課題として残されている。⇒条件づけ             塚原 仲晃

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条件反射
条件反射 じょうけんはんしゃ Conditioned Reflex 生活環境からあたえられる刺激(条件刺激)によって、生後新しく形成される反射のこと。本来は大脳が関係しないでおこる反射という行動を、それとは無関係な条件刺激をくりかえすことで、条件刺激と反射がむすびつき、ついには条件刺激だけで反射がおこるようになる。この条件反射は、ロシアの生理学者パブロフが発見したもので、これによって大脳生理学研究(→ 生理学)の窓口が開かれた。条件反射に対して生まれつきもっている反射を、無条件反射という。

→古典的条件付けの「刺激と反応」


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I.P.パブロフ
パブロフ

パブロフ
Pavlov,Ivan Petrovich

[生] 1849.9.14. リャザン
[没] 1936.2.27. レニングラード



ソビエト連邦の生理学者。条件反射研究の創始者。 1870年,ペテルブルグ大学で自然科学を学び,1879年陸軍軍医学校を卒業,ドイツに留学。帰国後,同医学校の薬理学教授,1895年には生理学教授となる。消化管の生理学的研究で 1904年ノーベル生理学・医学賞受賞。 1902年頃から始められた条件反射の研究は画期的な実験方法で,より自然な状態で動物の生理を観察できることから,客観的な科学的心理学に強い影響を与え,特にアメリカの行動心理学に基盤を提供した。またイヌの実験神経症形成の手法の発見は,人間の精神障害の科学的研究にも貢献した。主著『大脳半球の働きについての講義』 Lektsii o rabote bol'shikh polusharii golovnogo mozga (1927) ,『条件反射による動物高次神経活動 (行動) の客観的研究の 20年』 Dvadtsatiletnii opyt obektivnogo izucheniya vysshei nervnoi deyatel'nosti (povedeniya) zhivotnykh uslovnye refleksy (1932) 。





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パブロフ 1849‐1936
Ivan Petrovich Pavlov

ロシアの生理学者。中部ロシアのリャザンで司祭の子として生まれた。1870年,ペテルブルグ大学に入学,ツィオン I. F. Tsion の指導のもとに生理学を志し,在学中に膵臓神経の研究に対して金賞を授けられた。卒業後,軍医学校に入学,79年に医師免許を獲得した後,ライプチヒの K. ルートウィヒ,ブレスラウの R. ハイデンハインについて,生理学の研究を行った。86年帰国,ボトキン S.P. Botkin の研究所に入り,90年には軍医学校の薬理学教授となる。この間,血液循環の生理についての研究が中心であったが,消化の生理学的研究に移り,消化腺の研究や膵臓分泌神経の発見(1888)などの業績をあげた。95年,軍医学校の生理学教授となり,大脳や高次神経の研究に着手し,1902年からは条件反射についての研究を行い,有名なイヌを使った条件反射の実験を行った。パブロフの基本的な態度は,精神現象を生理学的な法則で統一しようというものであり,その意味でワトソンらの行動主義心理学に大きな影響を与えた。04年,消化腺の研究に対して,生理学者として初めてノーベル生理学・医学賞が与えられた。07年には科学アカデミー会員となった。⇒条件反射                   川口 啓明

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パブロフ,I.P.
パブロフ Ivan Petrovich Pavlov 1849~1936 ロシアの生理学者。反射運動の研究で知られる。リャザンに生まれ、サンクトペテルブルク大学、サンクトペテルブルクの軍医学校にまなぶ。1884~86年にドイツのブレスラウ(現ポーランド、ブロツワフ)、ライプツィヒに遊学。ロシア革命前には、サンクトペテルブルクの実験医学研究所(現アカデミー生理学研究所の一部)の生理学部長、陸軍軍医学校の医学教授をつとめた。共産主義には反対する立場をとったが、1935年にソ連政府が設立した研究所で研究の継続をゆるされた。

パブロフは、心臓・神経系・消化系の生理学の先駆的研究で知られる。1889年にはじめた実験はもっとも有名なものであり、なかでも、犬の条件反射・無条件反射(→ 反射)は、20世紀の実験心理学の草創期における行動主義心理学の発展に影響をあたえた。1904年、消化腺に関する研究業績により、ノーベル生理学・医学賞を受賞。主著に「条件反射」(1926、翻訳1927)がある。


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行動心理学
行動心理学

こうどうしんりがく
psychology of behaviour

  

狭義には,J.B.ワトソンの行動主義的心理学をさすが,一般的には意識を対象とする心理学に対立する諸心理学の総称。心理学を生体の全体的行動の科学と定義し,最初にこの「行動」 comportementという名称を用いたのは H.ピエロンである (1908) 。客観的方法によってとらえられた行動をその対象とする意味で,現代心理学のほとんどの学派がこれに属する。





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H.ピエロン
ピエロン

ピエロン
Piron,Henri

[生] 1881.7.18. パリ
[没] 1964.11.6. パリ

  

フランスの心理学者。 1912年パリ大学付属生理心理学実験所所長,21年同大学教授,23年コレージュ・ド・フランス教授。意識を対象とする心理学に対して行動心理学を提唱 (1908) 。その研究領域はきわめて広く,睡眠,記憶,動物心理,検査,感覚,知覚に及び,特に感覚の生理心理的な研究業績は高く評価されている。"L'Anne psychologique" (1895) の刊行,研究所の設立など,その活躍はめざましかった。主著『記憶の進化』L'volution de la mmoire (1910) ,『脳と思考』 Le Cerveau et la pense (23) ,『実験心理学』 Psychologie exprimentale (28) ,『感覚』 La Sensation (45) 。





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ピエロン 1881‐1964
Henri Pilron

フランスの心理学者。1923年以降コレージュ・ド・フランスの感覚生理学教授。研究領域は非常に広く,実験心理学,動物心理学,生理心理学,精神病理学の四つの分野にわたっておよそ500編にも及ぶ論文を発表した。フランスの応用心理学の第一人者であり,またフランスの行動心理学psychologie du comportement の創始者とされている。1913年から死に至るまで《心理学年報》の編集者であった。             児玉 憲典

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