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弥縫策としての心理学(その12) [哲学・心理学]

動機づけ
動機づけ

どうきづけ
motivation

  

人間やその他の動物に,目的志向的行動を喚起させ,それを維持し,さらにその活動のパターンを統制していく過程。したがってこれには,(1) 活動を喚起させる機能,(2) 喚起された活動をある目標に方向づける志向機能,(3) 種々な活動を新しい一つの総合的な行動に体制化する機能などが指摘される。
動機づけの過程には,動因または動機,道具的反応または手段,さらに誘因または目標の要因が含まれ,これらの機能的関連が行動傾向を決定する。
欲求と願望は人間のパーソナリティの主要な構成要素であると認められてきたが,C.ダーウィンの理論が環境への心理的適応に適用されはじめると,動機づけの問題が注目され,ダーウィンの理論と動機づけの間に,次のような2つの重要な関連が認められた。まず,動物界の一員として,人間は少くとも食物,水,セックスなどに対する本能に支配されている。次に,動機づけの能力のような行動的特徴は,肉体的特徴と同様に進化の目的に適している。
心理学界では 19世紀末から 20世紀初めまで,あらゆる行動は本能的なものであるとされていたが,その主張を証明する方法がないうえに,先天的と考えられていた行動の大半が,学習や経験で変えうることが実験で証明された。 20世紀初頭,イギリス系アメリカ人の心理学者 W.マクドゥーガルは,人間の行動を動機づけるのは基本的に本能であるとして,知覚や感情に対する動機づけの支配力を強調した。 S.フロイトも,人間の行動は不合理な本能的高まりに基づくものとし,人間を基本的に動機づけるのはエロス (生や性の本能) とタナトス (死の本能) であるとした。アメリカの心理学者 R.ウッドワースは,本能という議論の多い言葉に代え,人間やその他の動物に行動を喚起させる作用として,動因という用語を提起した。アメリカの神経学者 W.キャノンは,動機づけの主要機能を身体の調整と考え,ホメオスタシスという言葉を用いた。非生物学的動因は学習された動因と呼ばれ,生物学的動因とともに動機づけの力をもつと考えられた。その後,動因自体も恒常的,非目的的なエネルギー状態であるとの主張がなされた。緊張を軽減しようとするこうしたエネルギーの傾向は,過去の経験の強化を通じて学習された習慣に基づいている。 1920年代から 50年代までは動因理論が支配的であったが,やがて神経学の実験によって,緊張の軽減は本質的に学習による強化であるとの理論に反する覚醒状態が発見された。そのうえ,脳にはいわゆる快中枢があり,そこを人工的に刺激するとネズミは疲労で倒れるまで動き回る。また,新しい環境を探ったり,別の動物を見たりするような単純な刺激にすぎない報酬の場合でさえ,人間を含めて動物は学習することが証明された。
人間に力を与える仕組みの代りに,人間の欲求を研究した心理学者もいた。 H.マレーは一次的 (先天的) と二次的 (後天的) とに分けた欲求のリストを発表し,こうした欲求が人間の行動を目的志向的にする,とした。 A.マズローは,最下位に生理的欲求があり,安全の欲求,社会的欲求,自我欲求,そして最上位に自己実現や種々の認知や美的な目標を求める欲求があるとする,欲求段階説を説き,下位の欲求を満たされてから,上位の欲求が高まると考えた。行動の面からみると,動機づけには必ず目標を伴う。一般的に,人は目標を強く求めたり望んだりすればするほど,個人の気質や教育や自己イメージなどに邪魔されるものの,目標を達成しやすい。行動療法においては目標に対する態度の重要性を強調し,求める目標に対して人間が感じる両面価値感情,目標を明確に心に描く能力,目標をより小さな達成可能な課題に分ける能力という動機づけに影響する3要素が考えられた。認知心理学では,動機はそれに関連した認識領域において人を敏感にすることがわかった。成績に対して高い欲求をもつ人は,画面上に短時間映し出された成績に関連する言葉をすばやく認識できる傾向がある。苦手な科目は得意な科目より大きく見え,なんとかしたいと思っている科目に対して,より大きな刺激を受ける。心理学ではまた,動機づけは人の職業選択に大きく影響すると考えられた。たとえば,成績に対する高い欲求は,結果が明確に出て個人的な責任感を伴い適度な危険に挑戦できる企業家的な職業によって,最も満たされやすい。





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動機づけ
どうきづけ motivation

生物を行動に駆りたて目標に向かわせる内的な過程。モティベーションともいう。すなわち,(1)生物になんらかの不均衡状態が生じると,(2)これを解消しようとする内的状態(動機 motive または動因 drive)が起こり,(3)目標に向かって行動がひき起こされる,という過程をさす。さらにこの用語は,そのような過程を効果的にひき起こすための操作の意味でも使われる。従来動機づけは,生物の不均衡状態にもとづき,外にある目標によってひき起こされると考えられてきたが,近年,行動自体に内在する推進力によるものもあることが指摘されるようになった。前者を外発的動機づけ,後者を内発的動機づけという。学習指導にかかわる動機づけの操作を例にとると,外発的動機づけの代表的な方法は賞罰(蒜とむち),競争,協同などである。これに対して内発的動機づけの例としては,既有の知識と矛盾するような知識を与えると学習者の内部に概念的損藤が生じ,これを解消しようとする知的好奇心が発生して学習行動が活発化するという事実を利用するものが代表的である。この場合,学習を動機づける要因は学習自体とは本来無関係な賞や罰ではなく,学習活動そのものに含まれている。なお動機づけは教育においてばかりでなく,勤労者の勤労意欲や消費者の購買意欲の喚起のためにも広く用いられる概念であり,操作である。              茂木 俊彦
[経営学における動機づけ]  経営学において問題となる主要な動機づけ(モティベーション)は,個人が組織に参加し,かつ働こうとするそれである。経営学はおよそ20世紀初頭に成立したが,動機づけ論は,アメリカを中心にその成立以来論じられてきた。1950年代に入るとアメリカで行動科学が誕生し,隆盛する。これによって経営学における動機づけ論の展開はかつてなく活発化し,現在に至っている。現代経営学の動機づけ論は,基礎論的理論と実践論的理論に分けられる。前者については,おもな理論として組織均衡論,欲求理論,期待理論を挙げることができ,後者は,おもに動機づけ管理の伝統的アプローチ,人間関係アプローチ,人間資源アプローチから成ると考えられる。
 組織均衡論は,C. I. バーナード,H. A. サイモンなどの理論で,個人がどんな場合に組織に参加するか,またそれに従って組織はどのようにして存続できるかを論ずる。この理論によれば個人はより大きい満足を求めて組織に参加するとされるが,この満足の内容の手がかりを提供するのが,欲求理論である。欲求理論は人間の基本的欲求を論ずる理論で,動機づけの内容論ともいわれるが,A. H. マズローの欲求階層説がもっとも著名である。しかし,動機づけの喚起に欲求は必要と考えられるが,十分ではない。そこで動機づけの過程論は,それがいかにして生ずるかを明らかにする。〈動機づけ=期待×誘意性〉とする期待理論は人間にもっとも適した動機づけの過程論とされ,主唱者として V. H. ブルーム,E. E. ローラーらがよく知られる。
 動機づけ管理の伝統的アプローチは,20世紀初めの F. W. テーラーの課業管理論に代表される。金銭その他の物的報酬に刺激される人間に動機づけ管理の力点が置かれ,管理が論じられる。人間関係アプローチは,1920年代に始まったホーソーン実験に端を発する人間関係論である。組織メンバーが人間関係を不可欠とする社会的動物としてとらえられ,その管理が論じられる。人間資源アプローチは,C. アージリスの未成熟‐成熟理論,D. マグレガーの X 理論‐Y 理論,F. ハーズバーグの動機づけ‐衛生理論に代表される現代の理論である。組織メンバーが自律や達成を求める人間として,また個性や潜在能力の実現を求める人間として認識され,そのための管理として目標による管理,職務拡大,職務充実などが主張されている。⇒経営・経営管理      二村 敏子

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動機づけ
I プロローグ

動機づけ どうきづけ Motivation 生活体の行動を活性化し、その行動をある方向に方向づけ、それによって生活体の状態を変化させる過程全般を動機づけという。ここでは動因・覚醒動機づけ、誘因動機づけ、認知的動機づけ、人間的動機づけの4つを区別して紹介する。

II 動因・覚醒動機づけ

キャノンは、生活体の最適な内的均衡状態をホメオスタシスとよんだ。生活体はなんらかの欠乏や過剰によって、その均衡状態から逸脱すると、それを回復する方向への動因が生まれ、これが生活体をある行動へとかりたてると考えられる。ネズミに迷路学習をおこなわせるときに、もしネズミが飢えや渇きなどの生理的要求をまったくもっていなければ、ネズミは迷路の中でねむりこけてしまう。逆にかなり強い生理的要求をもっていると、ネズミは活発に迷路をかけまわり学習するだろう。確かにわれわれの行動は、欲求や要求を充足させてその動因を低減させるという動機づけをもっていることが少なくない。

このような動因低減説に対して、D.O.ヘッブは、生活体は、低すぎる覚醒状態も高すぎる覚醒状態も、その活動性を低くする事実に注目し、生活体は適度な覚醒状態をもとめる傾向にあるのではないかと考え、ホメオスタシスの回復と動因低減だけが生活体を行動にむかわせているわけではないとした。感覚遮断実験に明らかなように、なにもしなくてもよい、ねているだけでよいといわれた被験者は、数日ともたなかったのである。それどころか、われわれ人間は、ときに自らすすんでストレスフル(→ ストレス)な状況をもとめることがあることも、動因低減説だけでは説明できない事実である。しかし、動因低減説も覚醒水準維持説も、ある最適水準への回帰をめざす点では一致している。そこでこの両説は、一括して動因・覚醒動機づけとよばれる。

III 誘因動機づけ

動因を低減させるには、食物や水など、なんらかの対象が必要であり、これを誘因(incentive)という。誘因は本来は動因とむすびついてはじめて誘因としての価値をもつが、行動が高等になるにつれて誘因が動因低減にともなわれた快とむすびつき、それ自体として行動を喚起する力をもつようになる。つまり、手掛かりとしてあった誘因が快または不快の情緒状態の一部を復元し、その全体の再現をもとめる動機づけとなるということである。

チンパンジーの学習において、ポーカーチップを投入すれば干しブドウが得られるようになっている場合、ポーカーチップは強化子として機能するようになる。つまりそれは誘因価をもつようになり、それを得ようとする動機づけが学習を促進する。とくに人間の行動の場合、直接の動因低減ではなく、間接的にそれにむすびついた誘因が実際の行動を支配していることが少なくないだろう。

IV 認知的動機づけ

一般に、Aという認知とBという認知が自分の内部で矛盾するとき、人はそれを放置することがむずかしく、なんとかその矛盾を解消する方向に認知や行動をかえようとする。これはハイダーのバランス理論やフェスティンガーの認知的不協和理論などに共通してみられる考え方である。これは、斉合性ないし均衡をもとめるという点で動因・覚醒動機づけのホメオスタシスの考え方に近いが、しかしここでもとめられているのは認知の斉合性であり、それが動機づけとなるということである。

認知が動機づけになるという点では、自分の行為がもたらすであろう結果の予測と、その結果が個人にとってもつ主観的な誘因性によって、人は特定の行為にむかうことがしばしばあるという事実も看過できない。誘因性という点では誘因動機づけに近いが、それが即物的でなく、あくまでも認知上の誘因性だという点がここでの動機づけの特徴である。

V 人間的動機づけ

A.H.マズローは、人間は、生理的要求がみたされれば安全をもとめる要求が生じ、それがみたされれば所属や愛の要求が生じるというように、その要求が階層性をもっていると考えた。そして、これらの要求は外部的にみたされれば鎮静化するところから、欠乏動機づけとよんだ。それらがある程度みたされれば、今度は自己実現要求が生じてくる。これはそれがみたされれば鎮静化するといった性質のものではなく、不断に拡大する要求であるところから、マズローはこれを成長する動機づけとよんだ。またR.W.ホワイトは、人が環境を効果的に処理する力をコンピテンス(有能性)とよび、人は自分が有能であるという感じを得ようとして活動するのだと考えて、人には有能感確認への動機づけがあるとのべている。

VI 動機づけ研究の課題

前述の動因・覚醒動機づけや誘因動機づけにみられるような動機づけ理論は、動物の学習行動とむすびつけて議論されてきた。そこでは、動物の行動と人間の行動をパラレルにみていくことができるという楽観論があったと思われる。行動主義が退潮し、新しい認知心理学の時代になった今、人間は何のためにそれをするのかという、真に人間的な動機づけ理論があらためて求められている。いうまでもなくそれは、人間はどのような存在かという、より本質的な問題との関連で考えなおされなければならないだろう。

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動因・モティーフ
動因

どういん
drive

  

行動を解発させる内的原因の総称。これが身体内の生理的状態の不均衡に由来する場合には生理的動因といい,なんらかの形で経験的要素が参与してくる場合には派生的または2次的動因と名づけられる。特に後者は社会生活において獲得,形成されることが多いが,この場合は社会発生的動因 (→獲得的動因 ) といわれ,前者を生物発生的動因という。また,行動は一般に目標の達成によって終結するが,たとえば遊戯のようにその行動をすることそれ自体が目標となるような場合は活動動因と呼ばれる。なお狭義には,動因の機能は外的刺激に対して個体の特定反応の閾を低下させる鋭敏化作用に限定する。





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モティーフ
motif

動機,動因と訳される。〈動きを与えるもの〉を意味する中世ラテン語 motivum に由来する語で,まずは物体の運動に,ついで人間行動の動機(動機づけ)に,ひいては芸術用語として比喩的に用いられる。語音をそのまま移した邦語は芸術用語とみなしてよい。芸術作品は意味ある統一体として形成され,しかも作品成立には具体的な素材が不可欠である。それゆえ作品の核心に向けては精神から物質にわたる多様なものが参画することになり,モティーフも多種多様に理解される。建築ではその装飾面における全体効果,編物までもふくめて工芸では文様の単位,彫刻では対象の姿態とか一群の配置関係,絵画では題材にうかがえる中心的主題などが,それぞれモティーフと呼ばれるが,ことに複雑な扱いをうけるのは文芸の場合である。
[文芸におけるモティーフ]  例えば小説や戯曲において〈父殺し〉(《カラマーゾフの兄弟》《オイディプス王》など),〈箱選び〉(《ベニスの商人》など。メルヘンのいくつかにもみられ,通例,三つのなかから宝を選び出す)のモティーフなどという。これは,題材の部分的要素が作品表現の動機となり,人物と状況を組み合わせた類型的な物語を展開させるとき,出発点ですでに準備されて予感できる筋の構造的統一を指している。また必ずしも題材にとらわれぬ抒情詩ではモティーフも内面化し,〈夜〉〈愛〉〈孤独〉など詩人の主観的な感情体験の契機がこれに数えられる。ところで作品成立をうながす素材は一般にできごととして一回的なものだが,他方モティーフは類型的・普遍的な性格を帯びやすく,ここにモティーフの反復性が生じる。すなわち同一のモティーフが多くの相異なる素材にみいだされたり,同一の作家,民族,文化,時代によって繰り返し用いられることにもなるのである。長大な作品ではいくつものモティーフの複合もみられるが,その際には〈中心モティーフ〉(しばしば作品の理念と目される)と〈副次モティーフ〉を区別する。また同一作品で表現上の目的から一定モティーフが反復して用いられるとき,音楽の用例にならって,これを〈ライトモティーフLeitmotiv〉(ドイツ語。示導動機)という。
                        細井 雄介
[音楽におけるモティーフ]  モティーフの音楽上の訳語は動機で,それ自体で音楽的意味をもちうる最小単位。その大きさと形態はさまざまであるが,概して主題やフレーズの構成部分として断片的・要素的性格をもつ。音楽の各要素(旋律,リズム,和声,音色,ディナーミク(強弱)など)それぞれに成立しうるが(音型動機,リズム動機など),それらの複合体としてあるのが一般的である(ただしすべての要素が等価とは限らない)。音楽用語としては既に18世紀初頭の文献(S. de ブロサールの《音楽辞典》1703)などにみられ,その後,音楽上の韻律論や拍節論,楽節論,旋律論,楽式論などにおいて理論化されてきた。今日の楽式論,拍節論におけるモティーフ概念を基礎づけたのは H. リーマンで,彼は音楽の生成・継起の根源としてアウフタクト(上拍)性を強調したうえで,上拍→下拍の組合せを単位として旋律をいささか規則的にモティーフへ分節し,これをフレージング論に応用した。しかし今日では,モティーフは音楽の様式や旋律の前後の脈絡に応じて,より柔軟に解釈されている。            土田 英三郎

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獲得的動因
獲得的動因

かくとくてきどういん
acquired drive

  

心理学用語。生体の行動を起させる内部的原因で,生得的でなく,経験によりつくられるもの。たとえば,ある場面でたびたび生得的に苦痛を生じさせる刺激を受けると,そこにおかれただけで恐怖が起り,その恐怖が内部的原因となって行動が起されるようになるが,この際の,場面ないしその一部分をきっかけとして生じる恐怖のこと。また,コインを使って食物を得て飢餓を満たすという経験をたび重ねるうちに,直接食物へではなく,手段であるコインへの期待がつくられ,その期待が内部的原因となって行動が起されるようになるが,この際の,以前は手段的対象であったものへの期待のこと。2次的動因ともいう。





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動機
動機

どうき
motive

  

心理学用語。行動生起の内的な直接因の総称。要求,欲求,願望,意図などと同義に用いられることが多い。特に動因と混用されるが,内的な有機的不均衡に起因する場合には生理的動因といい,生理的動機とはいわない。





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パーソナリティ
ホメオスタシス
ホメオスタシス

ホメオスタシス
homeostasis

  

生体恒常性と訳される。アメリカの生理学者 W.キャノンが,主著『人体の知恵』 (1932) のなかで提唱した生物学上の重要概念。生体内の諸器官は,気温や湿度など外部環境の変化や,体位,運動などの身体的変化に応じて統一的かつ合目的性をもって働き,体温,血液量や血液成分などの内部環境を,生存に適した一定範囲内に保持しようとする性質があり,内分泌系と神経系による調節がそれを可能にしている。この性質をホメオスタシスと名づけた。体温や血糖値の正常範囲外への逸脱は,生体恒常性の異常すなわち病気を意味する。また自然治癒力は生体恒常性の表われと解される。





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ホメオスタシス
homeostasis

生物の生理系(たとえば血液)が正常な状態を維持する現象を意味する言葉で,〈等しい〉とか〈同一〉という意味の homeo と,〈平衡状態〉〈定常状態〉の意味の stasis を結びつけて,アメリカの生理学者キャノン W. B. Cannon が1932年に提唱したもの。恒常性とも訳される。
 直接外環境の変動にさらされているバクテリアや単細胞の動植物とちがって,多細胞生物は体表に外被(皮膚,樹皮など)があり,体内に体液,樹液があるので,細胞にたいする外界の影響は多少とも間接的なものになる。多細胞生物の細胞にとっては,生体内の液体が直接の環境であり,その恒常性を維持することは,細胞が正常にはたらくために有利な条件である。動物の体液について,このような恒常性の重要性を指摘した最初の人は,フランスの生理学者 C. ベルナールであり,体液を内部環境と呼んで,その固定性を生物の独立生活の条件とみなした。彼の概念をキャノンがホメオスタシスという語で生体の一般的原理として発展させたのである。
 多くの多細胞動物は,内部環境である血液の性状,すなわち酸素,二酸化炭素,塩類,ブドウ糖,各種タンパク質などの濃度やpH,粘度,浸透圧,血圧などを,一定の範囲に保つ調節能力を備えている。また定温動物では,体温を調節する機構が発達している。このような調節は,一般に神経とホルモンによって行われ(神経性調節と液性調節),中枢神経系の中に特別の調節中枢が存在する場合が多い。特定の受容器で血液の物理的・化学的性状の変化を検知し,自律神経系や神経‐内分泌系によって,定常状態に戻す方向の指令を発する。その結果,血液に生じた効果は再び中枢にフィードバックされて,指令が修正される。神経性調節でも液性調節でも,特定の調節機構には,通常拮抗的にはたらく複数の神経やホルモンが関与しており,あるものは促進的,あるものは抑制的に作用する。たとえば,われわれの血液中のブドウ糖の濃度(血糖濃度)はふつう80~100mg/100ml であるが,食後にこれが増加する。この増加が膵臓(すいぞう)からのインシュリンの分泌を刺激する。インシュリンは筋肉や肝細胞の糖吸収を促し,血糖濃度が低下する。血糖濃度の低下はインシュリンの分泌を抑制する。膵臓から分泌されるもう一つのホルモンであるグルカゴンと副腎髄質から分泌されるエピネフリン(アドレナリン)は,インシュリンとは拮抗的に血糖濃度を上昇させるはたらきがある。定温動物の体温調節では,血液の温度や皮膚温の変化に応じて間脳にある体温調節中枢が自律神経系を通じて,皮膚毛細血管の拡張・収縮,皮膚の緊張・弛緩,立毛の程度などを変化させて,体表からの放熱量を調節し,チロキシンやエピネフリンなどの分泌を増減することによって,産熱量を調節する。
 ホメオスタシスは元来上記のような個体の生理系の維持を表す語であったが,その適用の範囲は生理学の分野以外にも広げられ,生物系の種々の階層における安定した動的平衡状態を表すのに使われるようになった。たとえば,生物群集における種の構成の安定性を生態的ホメオスタシスとよび,また,同種の個体群における遺伝子分布の安定した平衡状態を遺伝子ホメオスタシス,発生過程で一定した表現型を発現する現象を発生的ホメオスタシスという。       佃 弘子

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ホメオスタシス
ホメオスタシス Homeostasis 生物システムが平衡状態を維持する現象全体をさす生物学の用語。恒常性ともいう。ホメオスタシスは、生物個体内の平衡状態を維持するシステムをはじめ、捕食者(→ 捕食)と被食者の間にみられるような、生物群集における生態的な平衡状態にまであらわれている。この概念は、19世紀にフランスの生理学者ベルナールによって、はじめて提示された。この概念に、ホメオスタシスの名をつけたのは、アメリカの生理学者キャノンだった。

ホメオスタシスの例は、ホルモンの分泌や酸塩基平衡にかかわる生体の自己調節機構、体液の組成、細胞の成長、体温の調節などにみられる。もっと視野をひろげれば、生物群集も、大きな障害がないかぎりは、ある程度のバランスを維持していく傾向をしめす。

1980年代に、地球を生きた有機的組織としてとらえた、いわゆるガイア仮説が流行した。この仮説は、ある点で、ホメオスタシスの概念を単純に拡張したものとみなすことができるだろう。

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欲求段階説
欲求段階説

よっきゅうだんかいせつ

  

人間の発達と可能性の探究を目標として A.H.マズローが提唱した欲求,動機づけ理論。彼は人間の欲求構造を基礎的段階から順に次の5段階をなすと説明した。 (1) 生活維持の欲求 (生理的欲求) ,(2) 安定と安全の欲求,(3) 社会的欲求 (集団的欲求,所属欲求,親和欲求) ,(4) 自我の欲求 (人格的欲求,自主性の欲求,尊敬の欲求) ,(5) 自己実現の欲求。 (1) ~ (4) の欲求については,下位の欲求が充足されると次の欲求が高まるが,最高位の (5) の自己実現の欲求は完全に充足されることがなく,引続いて欲求が喚起され,行動の動機づけとなり,高い勤労意欲が誘発されるとする。





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A.H.マズロー
マズロー

マズロー
Maslow,Abraham Harold

[生] 1908.4.1. ブルックリン
[没] 1970.6.8. カリフォルニア,メンロパーク

  

アメリカの産業心理学者。 1934年ウィスコンシン大学で博士号取得,ブルックリン・カレッジを経て,51年ブランディス大学教授となる。またマサチューセッツ工科大学のビジネス・スクールでも設立から参加した。彼は人間の欲求は,(1) 生理的欲求,(2) 安全の欲求,(3) 社会的欲求,(4) 自我欲求,(5) 自己実現欲求の5段階から成り,下位欲求から順に上位欲求の充足にニーズが進むとする欲求段階説を唱えた。主著『人間性の心理学』 Motivation and Personality (1954) ,『創造的人間-宗教,価値,至高経験』 Religions,Values and Personality (64) ,『人間性の最高価値』 Farther Research of Human Nature (72) など。





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マズロー 1908‐70
Abraham Harold Maslow

アメリカの心理学者。1951年以降ブランダイス大学教授。アメリカ心理学会会長も務めた。精神分析と行動主義に対する〈心理学における第三勢力〉である実存的・人間学的心理学の旗頭の一人であり,《人間性心理学雑誌》の創刊に関与した。動物の行動や病的な人格よりも,成熟した健康な人間について研究すべきことを主張し,自己実現,創造性,至高体験などについて研究した。主著は《可能性の心理学》(1966)など。  児玉 憲典

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対人関係
対人関係

たいじんかんけい
interpersonal relations

  

集団生活が続けられるうちに,メンバー相互の間に形成されるある特徴的な心理的関係や相互作用のパターンをさす。これにはたとえば協力,競争,支配,服従などがあるが,これらはメンバーの適応や動機づけなどに影響を及ぼすとともに集団全体の特性にも影響する。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]
リーダーシップ
リーダーシップ

リーダーシップ
leadership

  

集団の目標や内部の構造の維持のため,成員が自発的に集団活動に参与し,これらを達成するように導いていくための機能。この機能は,一方で成員の集団への同一視を高め,集団の凝集性を強める集団維持の機能を強化させるとともに,他方で集団目標の達成に向って成員を活動せしめる集団活動の機能の展開を促すということにある。そのことからリーダーシップ機能は,表出的・統合的リーダーシップと,適応的・手段的リーダーシップに分化していく。また,リーダーシップ類型からみると,放任主義型,民主主義型,権威主義型がある。また三隈二不二らはPM理論と呼ばれるリーダーシップ論を展開している。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]

リーダーシップ
I プロローグ

リーダーシップ Leadership 集団がその目標を追求し達成しようとする過程で、ある個人または複数の個人が、その集団成員や集団の活動に肯定的な影響をあたえる過程をリーダーシップという。たとえば、計画を立案し、各成員の役割分担をきめ、目標達成のための効果的な活動を指導し、成員間の人間関係を調整し、成員の満足感や士気を高めるなどの活動がそこにふくまれる。そのような個人をリーダーとよび、それ以外の一般成員をフォロワーとよぶ。

リーダーは集団の型によってその役割内容がことなってくるが、形式的には集団(組織)の中で特定の名称(社長、部長、室長、監督など)の下に地位と権限をあたえられている人のことであり、機能的には集団の中心的人物で集団の業績と他の成員におよぼす影響が大きく、また他の成員から選択され、人気の高い人のことである。

II リーダーの資質

初期の研究では、リーダーになんらかのすぐれた特性があるはずだとの考えから検討がおこなわれ、知識、能力、業績、責任感、社会的参加度、社会経済的地位が高いこと、さらには社交性、率先性、持続性など多方面の肯定的特性が指摘されている。しかし、集団の特性や、集団がおかれている事態・状況によってリーダーにもとめられるものがことなるために一貫した結論は得られていない。また、初期にはリーダーシップの型の検討もおこなわれ、専制型、民主型、放任型のリーダーシップが集団成員の行動や態度におよぼす影響がしらべられている。

それによれば、民主型においては成員間が友好的で、作業への動機づけも高く、創造性にもすぐれていたが、専制型では、作業成績は高かったものの、成員間に不満が強く攻撃的になりやすかった。そして放任型では、作業の量や質が低く、集団間の雰囲気もよくなかった。しかし、この種の研究も、集団目標や集団がおかれている事態によってもとめられるリーダーシップがことなるところから、そのいずれの型がすぐれているかを明らかにすることはできていない。

III 集団の機能とのつながり

リーダーシップは集団の機能と密接なつながりをもっている。集団にはその目標を達成しようとする機能があるが、これとの関連では、リーダーは目標にむかって成員をひっぱり、問題を明確にし、手段を具体化し、仕事の質をただしく評価しなければならない。集団にはもうひとつ、その維持・強化に関する機能があるが、これとの関連では、リーダーは成員間の人間関係を円滑にし、士気を高め、まとまりを強め、成員のやる気をひきださねばならない。

社会心理学者の三隅二不二(みすみじゅうじ)はこの2つの集団機能をリーダーシップ機能とむすびつけて、それぞれP機能(目標遂行機能)、M機能(集団維持機能)とよび、その程度を測定する5段階評定尺度を構成して、平均より上をそれぞれP、M、平均より下をp、mとしてそれぞれをくみあわせ、リーダーシップの基本類型をPM、Pm、pM、pmの4つに分類した。

これら4つのリーダーの型が集団機能に関してそれぞれどのような効果をもたらすかをしらべた結果、リーダーがPM型のとき、集団の生産性はもっとも高く、部下の満足度ももっとも高いこと、またpm型において、生産性も満足度ももっとも低いことがしめされた。またPm型では、生産性優先になりやすいために部下に不満がたまりやすい。しかし、成員の達成欲求が低かったり、集団が生産性重視の目標を強くもっている場合には、PM型よりもこの型のリーダーのほうが指導性を発揮しやすく、生産性が高くなることも知られている。

IV リーダーの分化

近年、仕事の細分化、高度化などによって、実際に1人のリーダーがP機能、M機能の両方にわたってリーダーシップを発揮するのはきわめて困難になってきた。実際、リーダーのパーソナリティを考えあわせると、P機能にすぐれた人、M機能にすぐれた人がいて不思議ではない。そこからP機能リーダー、M機能リーダーという概念が生まれ、集団に必要なP機能、M機能に関するリーダーシップは、1人の人物が両方をになわなくとも、それぞれの機能に関するリーダーがになえば、集団は円滑に機能するという考えもなりたつ。現に集団成員は、その年齢や経験によってリーダーにどちらの機能をもとめるかがことなるという事情もある。

日本では経験が浅い若年者はリーダーにM機能(母親的存在)を強くもとめ、中堅になるとむしろP機能(話のわかる父親存在)を強くもとめる傾向にあるといわれている。しかしながら、ハーシーとブランチャードの状況・リーダーシップ理論によれば、課題志向型と関係志向型のリーダーシップにおいて、部下の成熟度が低い場合には課題志向的なリーダーシップが有効で、部下の成熟度が高ければ、逆に課題志向的行動をおさえて関係行動を重視したリーダーシップが有効であるという結果も得られている。リーダーシップの効果を何によってはかるかでこのような違いが生まれていると思われるが、ともあれ病院組織や会社組織などでは、リーダーシップの役割分担という考えを積極的にとりいれて人事配置を考えるようになってきている。

→ 社会的役割:社会心理学

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PM理論
PM理論

ピーエムりろん
PM theory

  

三隅二不二によって提唱されたリーダーシップ理論。彼はリーダーシップの果す機能を,(1) 組織目的を達成させるような「職務遂行機能」 Performanceと,(2) メンバー間のコンフリクト解消などの「集団維持機能」 Maintenanceの2つの次元からとらえ,リーダーシップを PM型,P型,M型,pm型 (ともにその機能が弱いもの) の4つに類型化した。それらのリーダーシップ型と組織の生産性やモラールとの関係について調査したところ,状況のいかんを問わず,PM型リーダーシップにおいて生産性,モラールともに最高となることがわかった。





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集団規範
集団規範

しゅうだんきはん
group norm

  

集団の成員に共有されている価値判断や行動様式の規準をいう。人間は意識すると否とにかかわらず特定の規準に従って知覚や思考をするが,その規準が合理的,公式的な場合を規則,その他の場合を慣例という。後者の場合その成立過程は個人的心理的次元,所属集団的次元,準拠集団的次元に区分できる。集団の継続過程で,各成員は他の成員のもつ規範との関係で思考するようになるため所属集団的次元の規範形成力が強まるが,これは同時に集団の凝集性の高度化を意味し,ここから成員の連帯が生じる。集団規範は一方で逸脱者に対する制裁,同調者に対する報酬の規準として機能するが,他方で成員の意識を画一化する面もある。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]
知覚
思考
思考

しこう
thinking

  

思惟ともいう。はっきりした定義はないが,一般的には,ある対象,事態ないしはそれらの特定の側面を,知覚の働きに直接依存せず,しかもそれと相補的な働き合いのもとで,理解し把握する活動または過程をさす。その活動には,判断作用,抽象作用,概念作用,推理作用,さらに広義には想像,記憶,予想などの働きを含む。また連想心理学では,観念の連鎖をさす。思考は古くから心理学の研究対象として取上げられ,問題解決場面における意識過程の分析や行動の解析が行われてきたが,最近ではコンピュータを用い,シミュレーションなどによる研究もなされている。





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思考
しこう thinking

思考とは,実際に行動として現すことを抑制して,内面的に情報の収集と処理を行う過程である。この場合,機能的に見て思考を二つの型に分けることができる。一つは〈合理的思考〉であって,問題に直面したときにそれにふさわしい解決をめざすという意味で,〈方向づけられた思考〉とも呼ばれる。もう一つは〈自閉的思考〉であって,空想のようにとりとめのない気まぐれな連想によって生じる非現実的思考である。前者は,問題解決のための論理的推論を導く過程であり,概念,判断,推理から成る。しかし,発明・発見の過程や芸術的創作の過程などにおいては,問題解決をめざしながらも合理的思考だけではその目的に十分に達することができない。論理の枠にしばられずに自由奔放な連想の後,直観的に認識を生み出す過程もここには含まれているからである。したがって思考のこの二つの型を厳密に区別することはむずかしい。
 そのうえ,意識的過程だけでなく,無意識の中で展開される思考も少なくない。たとえばすぐれた発明・発見が,夢の中での思考を契機として結実することがありうる。にもかかわらず,伝統的には思考は意識(論理的思考)とほぼ同義に用いられており,初期の思考心理学は意識の過程を自分の意識によって観察する方法(内観法)で,その研究を進めてきた。とりわけ連合主義心理学は,過去の感覚的経験のなごりである心像の組合せによって,思考を説明した。しかし心像を含まない思考もありうることが,その後,ビュルツブルク学派の心理学者たちによって指摘されて以来,思考研究は二つの方向に発展していくこととなった。第1は,思考を意識としてでなく行動としてとらえようとする行動主義心理学の立場からの研究である。J. B. ワトソンは思考を,音声の抑制された自問自答の言語行動とみなし,のどの微小反応の測定により思考過程を明らかにすることができると主張した。また新行動主義では,思考を反応そのものというよりも,刺激に対して外部的反応をひきおこす前に生じる内部的反応とみなし,これを媒介反応と呼んでいる。いずれにせよ,ここでは思考は刺激と反応との連鎖によりいわば試行錯誤的に解決に迫る過程とみなされる。第2は,思考を場の再構造化の過程としてとらえるゲシュタルト心理学の立場である。ここでは思考が,〈洞察(見通し)〉または観点変更という知覚の法則で支配される過程とみなされる。その結果,ものごとを一挙に洞察する直観が,論理以上に重視されることとなる。このようにして思考研究は,思考のよりどころを論理に求めなくなっていった。にもかかわらず論理が思考の到達すべき理想的状況を示していることは明らかである。そこでピアジェは,現代の論理数学にもとづいて思考の論理模型を作り,これを用いて子どもの思考の発達を分析した。こうして,乳児の感覚運動的知能から青年の操作的思考(論理的思考)に至るまでの機能的なつながりが解明されたのである。         滝沢 武久
[思考障害]  思考障害(異常)disturbance ofthought は一般に,(1)思考過程(観念連合,思考の流れ)の障害と,(2)思考内容の障害に分けられる。思考過程とは,一定の目的に適合した観念を順次思い浮かべながら判断,推理などによって課題を分析,解決する過程であり,その障害には思考制止,思考途絶,観念奔逸,思考滅裂,思考散乱,保続などがある。思考制止inhibition of ideas とは思考の流れに抑制がかかってスムーズにいかないこと,思考途絶blocking of thought とは思考の流れが突然中断してしまうこと,観念奔逸 flight of ideas とは考えが次から次へと飛んでなかなか目的に到達しないこと,思考滅裂 incoherence of thought とは意識が清明であって思考過程にまとまりが欠け,話の筋が支離滅裂であること,思考散乱incoherent thinking とは意識障害時の話の支離滅裂状態,保続 perseveration とは質問が変わっても前の返事が繰り返されることをいう。
 思考内容の障害には,優格観念,強迫観念,妄想がある。優格観念 overdetermined idea とは支配観念ともいい,感情に強く裏づけられた観念で,その人の思考や行動を持続的に支配するもの,強迫観念 obsessional idea とはその不合理性を自覚しながらも特定の観念にとらわれて離れることができぬもの,妄想とはありうべからざることを病的に確信し,周囲からの説得によっても訂正不能なものをいう。強迫観念は強迫神経症,鬱(うつ)病,精神分裂病に,妄想は精神分裂病,妄想病,薬物依存などに認められる。なお,思考障害の特別なものとして,思考への影響性といって,主として精神分裂病者の訴える,自分の考えが他人によって操作されるという体験(させられ体験,作為体験の一種で〈させられ思考〉という)がある。この際には他人によって自分の考えが奪われたり(思考奪取 Gedankenentzug),他人から考えを入れられる(思考吹入 Gedankeneingebung)という体験として訴えられる。       保崎 秀夫
【認知科学における思考】
[思考と問題解決]  人間はさまざまな場面で思考を行う。近年の思考研究において中心的に研究されてきたのは,その中でも問題解決と呼ばれる種類の思考である。問題解決とは読んで字のごとく〈問題を解決する〉ことである。ここで問題とは,目標と現状が一致していない事態を指す。たとえば,いま横浜にいる(現状)が京都に行きたい(目標),三角形の2辺が等しいことがわかっているとき(現状)に2角が等しいことを確かめたい(目標),などの事態である。解決は,目標と現状を一致させることとされる。こうしたことから,現状と目標の間の差を〈何を〉用いて〈どのように〉埋めていくかが問題解決研究の課題となる。
[思考研究の方法]  われわれは,自分の考えていることについては完全に把握できると思っている。〈どうしてそう考えたのですか〉と問われれば,われわれはふつうなんらかの形で答えることができる。もしこうした報告が信用できるものであるならば,思考の研究はきわめて簡単である。しかしながら,人は自分の考えていることを正しく表現できないケースの方がずっと多いことが数多くの研究で確かめられてきた。
 こうしたことから,思考研究では心理学実験やコンピューターシミュレーションなどのより客観的な方法を用いて研究を行うことが必須である。心理学実験では,思考に影響すると考えられる情報を変化させ,その結果,人の反応(問題に対する正答率,誤答のパターン,解決時間,眼球運動,発話プロトコル)がそれに応じて変化するパターンを検討し,思考において用いられる情報の種類,およびその利用方法を明らかにする。コンピューターシミュレーションを用いた研究では,既知の要因をできるだけ取り込んだモデルをプログラムとして表現し,それを動かしてみて人間の反応パターンがどの程度再現できるかを検討する。したがって,現代の思考研究では心理学とコンピューターサイエンス(特に人工知能)の両面からのアプローチが必要となっている。さらに近年では神経科学の知見を加え,より統合され,かつ洗練された理論の探求が行われている。
[思考のプロセス]  思考のプロセスは一般に,問題理解のプロセスと実行のプロセスからなると考えられている。問題理解のプロセスでは,問題を理解すること,つまり目標,現状はいかなるものであるか,どのような情報を用いるべきかが明らかにされる。その結果,問題表象と呼ばれるものが心的に構成される。問題表象とは,問題解決者の問題に対する主観的な意味づけ総体ということができる。実行のプロセスでは,生成された問題表象をもとにして,目標と現状との間の差を埋めるためのプランを生成し,目標状態に近づくための心的操作を行う。
 現代の思考研究の重要な発見の一つは,問題解決における問題理解の決定的な重要性を明らかにしたことである。たとえば,組合せの計算公式を知らない人が,〈10人の人がいて,そこから9人を選抜する仕方は何通りありますか〉という問題を与えられたとしよう。この人が問題を字義通りに理解して,9人の構成を考えるとすれば,これを解くことは著しく困難である。しかし,この問題を〈この中から選抜されない人を1人選び出す〉と理解すれば簡単に解決することができる。こうしたことはより複雑な問題においても同様に当てはまる。受験などの教育問題の解決を考える場合,この問題をエリート選抜の方法という形で理解するのと,人が文化的遺産を平等に授与する権利を保証する方法と理解するのでは,まったく異なった解決方法が採られるであろうことは想像に難くない。
[思考の資源]  目標と現状の間の差は自然と埋まってくれるわけではない。人間はこの差を埋めるために,さまざまな資源を能動的に活用する。
(1)イメージ・モデル 人間はさまざまな対象や出来事に対してかなり鮮明で,絵のようなイメージをもっている。こうしたイメージを用いて問題を解決できることがある。たとえば,ワトソンとクリックがDNA の二重螺旋構造を発見したときには,心の中の具体的なイメージが大きな役割を果たしていた。また,人間は,図のようなイメージではないが,より抽象化されたモデルをももっており,それを問題解決に活用することもある。これらはメンタルモデル,モデルに基づく推論と呼ばれている。ここでは人間の作り出すモデルの特質やその生成の方法についての研究が行われている。
(2)記憶と類似 人間の長期記憶には膨大な数の経験が貯蔵されている。人間は,これらの経験の中で現在の問題状況にもっとも類似しているものを引き出し,それを用いて問題解決を行う場合もある。このような問題解決は類推(アナロジー),〈事例に基づく推論〉と呼ばれている。たとえば,電気回路の問題を考えるときに,水の流れについての経験を用いる,あるいはあるレストランの料金を考えるときに,それとよく似たレストランの料金を思い出す,などは類推による問題解決といえる。この領域の研究では,現在の問題とどのような意味において類似している経験が重要なのか,また人間はどのような類似をもとにして類推を行うのかが研究されている。
(3)言語とカテゴリー カテゴリーや言語は思考に対してきわめて大きな役割を果たす。たとえば,よくわからない水中の物体 x が〈魚〉であることがわかったとすると,x は鰓呼吸をするだろう,卵生だろう,口のような栄養摂取をする部分があるだろう,などのさまざまな結論を導くことができる。これは演繹(カテゴリー的三段論法),あるいはカテゴリーを用いた推論である。カテゴリー(上の場合でいえば〈魚〉)は意味の貯蔵庫であり,カテゴリーのメンバー(物体 x)はカテゴリーのもつ意味をすべてもつ。こうしたカテゴリーの階層関係を用いることにより,人間はさまざまな物体,事象に対して,いちいち調査することなく,多くを知ることができる。この領域の研究では,人間はどのようにしてカテゴリーを作り出すのか,カテゴリーは心的にどのような形で存在しているのか,文化や言語の違いによってカテゴリー推論がどのように変化するのかが研究されている。
(4)外的資源 いままで述べてきた思考の資源は,人間の頭の中に存在しているという意味で内的資源と呼ぶことができる。しかし,人間は多くの場合,図,道具,他者などの外的資源を積極的に活用しながら思考を行っている。たとえば幾何の証明問題を解くときには作図を行うし,計算を行うときにはそろばんや電卓を使うかもしれないし,実社会ではチームで仕事に当たる場合も多い。このような外的資源の利用についての研究の歴史は浅いが,その重要性が認識されるにつれ,多くの研究者がその特質の解明に向けて探求を行っている。
⇒アナロジー∥意思決定∥記憶    鈴木 宏昭

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凝集性
凝集性

ぎょうしゅうせい
cohesiveness

  

社会学的には集合体の統合性の強さをさす概念として .デュルケム以来,統合という概念と並んで用いられてきたが,その厳密な定義はなされていない。これに対して社会心理学のグループ・ダイナミックスの分野では定義も厳密で操作化も進んでいる。 L.フェスティンガーらは「成員に対して集団内にとどまるように働く力の全体的な場」と定義し,D.P.カートライトらは「集団へのひきつけ」と定義している。集団のモラール,集団規範による成員の動機づけ,リーダーシップなどと関連する重要な概念である。





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E.デュルケム
デュルケム

デュルケム
Durkheim,mile

[生] 1858.4.15. アルザス,エピナル
[没] 1917.11.15. パリ

  

フランス社会学の創設者。エコール・ノルマル・シュペリュール (高等師範学校) 卒業後,中等学校で教えたのちドイツに留学,1887年ボルドー大学を経て,1902年ソルボンヌ大学で教育学と社会学を講じた。この間,1897年には『社会学年報』L'Anne sociologiqueを創刊し,いわゆるデュルケム学派を形成した。彼の学説は,対象を社会的事実に求める立場に立つもので,心理学的社会学の克服を目指し,社会学に固有の対象と領域を与えた点で,学史上重要な意味をもつ。方法は実証的,客観主義的であり,社会的分業や自殺などの社会事象にこの方法を適用してすぐれた分析を行なった。また近代社会の社会分化が,社会的分裂や対立を生み出し,ついにはアノミー現象にいたることを指摘し,これらの解決に社会学がどのように貢献するかを問題としている。さらに宗教社会学および教育社会学に及ぼした影響も大きい。主著『社会的分業論』 De la division du travail social (1893) ,『社会学的方法の基準』 Les rgles de la mthode sociologique (95) ,『自殺論』 Le suicide (97) ,『宗教生活の原初形態』 Les formes lmentaires de la vie religieuse (1912) ,『教育と社会学』 ducation et sociologie (22) 。





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デュルケーム,E.
デュルケーム Emile Durkheim 1858~1917 フランスの社会理論家で、現代社会学の発展に寄与したパイオニアのひとり。

フランス、エピナルの、ユダヤ教律法学の名門の家に生まれた。1882年にパリのエコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)を卒業、以後、法律と哲学の教鞭をとる。87年に社会学をおしえはじめ、最初はボルドー大学で、のちにパリ大学でおしえた。1902年パリ大学教授となった。

デュルケームは、科学的方法を社会の研究に適用すべきであると考えた。また、集団は個人の性格や行動の総和以上のなにものかであり、独特の性質をしめすとして、社会の安定性の基盤、すなわち道徳や宗教といった社会に共有された共通の価値について考察した。

彼によれば、これらの価値ないし集合意識は、社会秩序を維持する凝集的な紐帯(ちゅうたい)であり、これらの価値の衰退は、社会的安定性の喪失、不安や不満足といった個人的感情をひきおこすとして、社会規範の崩壊による混乱した状態をアノミーとよんだ。

デュルケームは、自殺は個人の社会への統合の欠落の結果であると考え、「自殺論?社会学研究」(1897)において自殺と統合の欠落の相関関係を研究した。研究や著作に人類学的な資料を多用したが、とくにアボリジニ社会の関連資料は、彼の理論を支持するものとして援用された。他の著作には、「社会分業論」(1893)、「社会学的方法の基準」(1895)、「宗教生活の原初形態」(1912)などがある。

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『縮約(縮退)自然数』

 ≪…思考とは…≫を⦅自然数⦆そのモノに向けて≪…思考…≫すると、
西洋数学の成果の6つのシェーマ(符号)から、≪…<自閉的思考>…≫し、
≪…人間は多くの場合、図、道具、他者などの外的資源…≫の≪…外的資源…≫として掴まえた⦅自然数⦆の≪…特質の解明…≫として、
数学妖怪キャラクターの『(わけのわかる ちゃん)(まとめ ちゃん) (わけのわからん ちゃん)(かど ちゃん)(ぐるぐる ちゃん)(つながり ちゃん)』の[行為]として観るのはどうでしょう。

by 『縮約(縮退)自然数』 (2019-10-14 16:51) 

絵本のまち有田川

自然数は、[絵本][もろはのつるぎ]で・・・
by 絵本のまち有田川 (2020-01-24 12:13) 

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