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言語学・ゲームの結末を求めて(その3) [宗教/哲学]


単語
単語

たんご
word

  

単に「語」ともいい,文と並ぶ文法の基本的単位。しかし,その定義および認定は,意味,形,職能のいずれに重点をおくかによって異なる。ほぼ共通に認められる点は,意味の面,アクセントなどの音形の面で一つの単位としてのまとまりをもち,職能的にもほかの単語がなかに割込むことがなく,内部要素の位置を交換することが不可能で,常にまとまってほかの単語と文法的関係をもつことであろう。また,正書法で分ち書きを行う際には,単語がその基本単位となるのが普通。日本語文法では,おもに学校文法でいう「助詞」「助動詞」「形容動詞」を単語とするか否かの認定で説が分れる。橋本進吉らは3つとも1単語,山田孝雄,時枝誠記,服部四郎,渡辺実らは「助動詞」の一部と「助詞」の大部分を単語,「形容動詞」は2単語,松下大三郎らは「助詞」「助動詞」とも単語以下の単位,「形容動詞」は1単語で動詞の一種とみなす。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]


単語
たんご

ことばの最も基本的な単位として,我々が日常的・直観的に思い浮かべるのが単語である。そして我々はこの単語を一定のルールに従って結合させ,より大きな単位である文を構成し,それを表出することによって,他人との間にコミュニケーションを成立させているのである。したがっていわばことばの基本的な〈駒〉として,日頃用いる辞典は単語を集めその意味を記したものという意識があるし,外国語の学習にあたっても,何はともあれ一定数の単語の習得が養成されるのである。もちろん,単語はより小さな単位である音韻から成り立っているわけだが,個々の音韻は特定の意味と結び付いているわけではないのであり,この意味で単語は話者の意識では基本的かつ最小の単位と普通はとらえられていると言えるだろう。このような,単語的なものが,各言語の話者の意識内に存在することは,たとえば古い書記記録(碑文など)に,単語間のくぎりを示す記号が用いられていたり,スペースがあけられていることからもうかがわれるように,決して近代になって言語の科学的分析が行われるようになってからのものでないことがわかる。
 では,この単語には厳密にどのような定義が与えられるであろうか。実はこれはかなりやっかいな問題であり,文とは何かという問いかけ同様,単語についてこれで十分という答えを出すことはできない。たとえば,〈山〉〈川〉〈花〉〈時計〉〈歩く〉〈食べる〉〈寒い〉〈なつかしい〉等に対して,〈の〉〈が〉〈れる〉〈だ〉などは,どうであろうか。また〈おはし〉の〈お〉や〈ごはん〉の〈ご〉は単語なのだろうか。また〈神〉と〈お神〉は別の単語なのか,〈お神〉は1単語かそれとも2単語なのかという疑問も出てこよう。同じく〈読む〉〈読もう〉〈読め〉は別単語かどうなのか,どう考えたらよいのだろうか。このような事情は日本語に限らず,多くの言語について見られるのである。これらの問題は文法全体をどう構築するかという問題ともかかわってくるのであり,その中で単語をどう取り扱うかによってそれぞれ答えが違ってくるわけである。
 ただ一つはっきりと言えることは,我々が考える単語は必ずしもことばの最小単位ではないということである。すなわち一定の音韻連続と一定の意味(文法的意味をも含む)が結合したものは,たとえば〈寒い〉の〈‐い〉や,英語の playing の〈‐ing〉などもそうであり,これは単語の意識からはかけはなれたものである。言語学ではこの最小の有意義単位を〈形態素〉と呼ぶ。したがって単語は一つ以上の形態素から成り立っているということはできるわけである。しかし,これだけではなんら定義をしたことにはならない。そこでつぎに,文法的分析・記述を行う際に,単語というレベルをまったく立てないという立場は別にして,我々の素朴な意識に根ざす単語の姿を漠然とした姿のなかから少しでも輪郭をはっきりさせることは,むしろ文法記述の上からも有用であろうという見通しに立って,定義の試みのいくつかを以下に検討し,そこからどんな特徴を引き出すことができるかを見てみよう。
(1)書かれた場合にその前後にスペース等のくぎりが置かれ,しかもその中にはくぎりをもたない。――これは英語などの書かれた形についていうことができるし,上述のように古代からそのような例は見られる。しかし同じ書かれた形から定義してみても,これは日本語などの場合にはあてはまらないし,そもそも世界中の言語を見わたした場合,書記体系をもたない言語が圧倒的に多いという事実からすれば,書かれた形から単語を定義する試みは普遍的基盤を欠くと言えよう。
(2)音声的特徴を手がかりにする試みもある。――たとえば,書かれた場合のスペースに相当するものとしてポーズ(休止)を取り上げ,前後にポーズがあり,その途中にはポーズがないまとまりを単語とするのである。しかし,これも現実にはコンスタントに存在するわけでなく,実際の発話は音のとぎれない連続であることが普通なのである。また実際のポーズではなく,ポーズを置ける可能性としてみても大して変りばえはしない。たとえば日本語の場合だと,普通は仮名1文字分に相当する音(連続)ごとにポーズを置くことが可能であるが,そこからすぐに単語へと結びつけることは困難である。このほかに,アクセントや母音調和といった現象が手がかりになる場合もあるが,これもどの言語についても言える性質のものではない。
(3)意味面から,ひとつの意味的まとまりをもった単位とする。――これは何をもって〈ひとつの〉とするかが問題となるし,そもそも意味をどう考えるかという大きな問題を含んでいる。
(4)次に機能的な面からの定義として,アメリカの言語学者 L. ブルームフィールドの定義がある。これは,言語形式のうち文としてあらわれることのできるものを〈自由形式〉とし,最小の自由形式を単語とするものである。――しかし,この定義に従うと,日本語の多くの助詞や助動詞が,単語ではないということになる。
 これらの例からだけでも,単語が決して一つの視点からだけでとらえきれるものでないことが明らかであろう。一定の意味と音形をもち,しばしばそのまとまりが音声的・音韻的特徴によってしるしづけられているだけでなく,機能面でもそれらの特徴の単位として働きうるのであり,またそれを構成する内部要素は一定の順序に緊密に結合されている,といった形で複合的にとらえることによってのみ浮かび出させることのできるのが単語なのである。
 なお,こうして輪郭を与えられた単語は,さらに種々の観点から分類が可能である。すなわち,語形成に着目すれば,単純語,複合語,合成語といった分類が,また形態や意味などを基準にして名詞,形容詞,動詞などの品詞に分けることができる。                      柘植 洋一

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単語
単語 たんご 一定の意味をあらわし、文法上の働きをもつ言語の最小単位。

「山が高い」という文は、「山」「が」「高い」の3つの単語からできている。国語辞典、英和辞典の見出し語は単語である。

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絵文字
絵文字

えもじ
pictograph

  

絵を手段として事物を表現し伝達する方法。文字の最も原初的形態である。絵文字は多くの北アメリカ先住民族インディアンの部族で発達し,その他の諸民族の間にも見出される。しかし実際にはそれらは絵画的「記号」にすぎず,多くは個人的関係で,あるいは小人数の集団で通用するだけである。それが観念と直接に結びつかなくなり,特定の音と結びつき体系化されて「文字」と呼べるのである。世界の諸文字はいずれも絵文字から出て表意文字の段階に発展している。メソポタミアの楔形文字,中国の漢字は古代表意文字の代表的なもので,象形的性格を強くもっている。





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絵文字
絵文字 えもじ 考えをつたえたり、ある出来事を記録するために、それに関係ある絵をかいて文字としてつかったもの。文字のうち、もっとも原始的な種類。狭義には象形文字と区別して、その前の段階の文字をいう。ピクトグラフもしくはピクトグラムともよばれる。

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音素
音素

おんそ
phoneme

  

時間の流れにそって切った,音韻論の最小単位。音声学における最小単位である具体的単音に該当する。学者により,音素の見方,定義,その帰納方法を異にするが,服部四郎によれば,単音の分布を調べ,同じ音韻的環境に立って互いに対立をなす2つ以上の単音はそれぞれ異なる音素に該当し,補い合う分布を示す2つ以上の単音の場合は,当該の単音が実は同一の音がそれぞれの環境に同化してとった形であると音声学的に説明しうる場合にのみ同一の音素に該当するとみなし,そうでないときはそれぞれ別の音素に該当するとみなす。それに音韻全体を見渡して作業することにより,いかなる言語においても,離散的単位である音素が互いに他と関連し合い,全体として整然とした体系 (音素体系,音韻体系) をなしており,構造の面でも均整的になっていること,違う音素となっているからこそ,その言語において単語の音形を区別するのであって,ひいては意味の区別に役立つという機能をもつことが多いことなどが明らかになった。音素およびその連続は斜線に入れて/t/,/'atama/のように表記する。英語では,pillの音声記号は [phil] であるが音素記号は/pil/となり,この4文字単語は3音素から成る。「音韻」は「音素」と同義にも用いられるが,アクセントや声調,音節の構造なども含めた広い意味にも用いられる。同一の音素に該当する2つ以上の単音は異音と呼ばれる。





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音素
おんそ phoneme

語の意味を区別する音声の最小単位。人間が言語の伝達において発する音声は多種多様であるが,ひとつの言語で聞き分けられる音声の型すなわち音素の数はほぼ一定している。この音素の規定は1930年代から40年代にかけて言語学の主要課題であった。音素については,これを具体的音声から抽出された音声概念とするポーランドの言語学者ボードゥアン・ド・クルトネの素朴な見解から,一方では心理的実在としてある型をなすものとする E. サピアの説および同質の音声のグループと解する D. ジョーンズの見方に進み,ついに音素は虚構であるというアメリカの言語学者トウォデル W. F. Twaddell(1906‐ )の極論にいたった。これに対し,L. ブルームフィールドは音素を物理的実体としてとらえる立場を表明した。この線に沿ってプラハ言語学派の音韻論は,語の知的意味を区別できる音声的相違すなわち音韻的対立phonological opposition に基づき音素を分析すべきだと主張した。すなわち,より小さな連続した単位に分解できない音韻的対立の項が音素と見なされる。例えば,日本語で〈鯛〉[tai]と〈台〉[dai]という語を区別しているのは,子音の[t]と[d]である。これら音声はさらに小さな連続的単位に分解できないから音素である。同じく[tai]は〈パイ〉[pai]と〈才〉[sai]とも音韻的対立をなすので,それぞれ/p/,/s/という音素を取り出すことができる(音素は斜線/ /にはさんで表記される)。いまこれら音素の音声的特徴を下記に比べてみる。
 /t/ 無声・歯茎・閉鎖音
 /d/ 有声・歯茎・閉鎖音
 /p/ 無声・両唇・閉鎖音
 /s/ 無声・歯茎・摩擦音
 音素/t/と/d/を区別しているのは〈無声〉と〈有声〉という音声特徴であることがわかる。このように音韻的対立を可能ならしめる音声特徴を弁別的素性もしくは示差的特徴 distinctive feature という。/t/と/p/の対立から〈歯茎〉と〈両唇〉,/t/と/s/の対立から〈閉鎖〉と〈摩擦〉という弁別的素性を取り出すことができる。そこで,音素/t/は〈無声・歯茎・閉鎖〉という弁別的素性から構成されていることになるので,R. ヤコブソンは〈音素は弁別的素性の束〉であると規定するにいたった。これに対し,アメリカの構造言語学の立場では,相補的分布 complementary distribution の原則が重視されている。日本語のハ行音で〈フ〉[ァセ]には無声両唇摩擦音[ァ]が,〈ヒ〉[ぅi]には無声硬口蓋摩擦音[ぅ]が,〈ハ〉[ha],〈ホ〉[ho],〈ヘ〉[he]には声門摩擦音[h]が現れる。これら三つの音[ァ][ぅ][h]はいずれも無声摩擦という性質を共有し,しかも5母音[a,i,セ,e,o]との結びつきが相補う分布をなしている。このように類似したいくつかの音が同じ音声環境に立たないとき,これらの音声は同一音素の異音 allophone と見なされる。すなわち[ァ][ぅ][h]は音素/h/の位置異音である。また英語の[Khずt](h は気息化を示す補助記号)〈ネコ〉の末位の[t]は閉鎖が開放されないこともある。すると開放[t]と無開放[tツ](ツ は無開放を示す補助記号)は自由に入れ替えられるので,これらを音素/t/の自由異音と呼んでいる。こうした音素は音声の流れを区分した部分(分節)に割り当てることができるので分節音素と称する。これに対し,アクセントや連接のように分節することができないものを超分節音素と呼ぶ。例えば,英語の billow[ュbそlo㊦]〈大波〉と below[bそュlo㊦]〈下に〉は強勢の位置により意味が区別されるし,日本語の〈神〉[haャイi]と〈橋〉[haヤイi](ャ や ヤ は高低アクセントを示す補助記号)は高低アクセントの置き方で意味が変わってくるから,やはり音素の資格をもつ。また英語の an aim〈ひとつの目的〉は a name〈ある名前〉と同じく[トneim]と音声表記される。しかし正確には前者は[nヒ](ヒ は半長を示す補助的記号),後者は[n]であり,前者は後者よりも長く発音される。普通は net[net]〈網〉と ten[tenヒ]〈十〉の比較から,頭位の[n]よりも語末の[nヒ]の方が長い。そこでan aim の[nヒ]が長いのは語末の特徴と考えられるので,ここに音素の切れ目の連接/+/を挿入し,/トn+eym/と音素表記される。この連接も音素の機能を果たしている。しかし最近の生成音韻論は基底音を想定し,これに音韻規則を適用して具体的音声形を導く方式を考えているので音素の存在を認めていない。⇒音韻論      小泉 保

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音声学
音声学

おんせいがく
phonetics

  

人間の言語音声の生理学的,物理学的,心理学的研究を目的とする学問。話し手の調音の生理学的研究である調音音声学が最も盛んであり,かつては音声生理学の名称が音声学の意味で使われたこともある。第2次世界大戦後は,器械器具やコンピュータの発達により,音波の物理学的研究である音響音声学が著しく進んできている。最近では,調音の仕組みも,種々の実験装置を用いた動的な音声生理学的研究で新たな解明をみており,聴覚,知覚の面の研究も行われている。しかし器械の発達にもかかわらず,物理学的な器械音声学 (実験音声学) だけでは言語音声の研究としては不完全になりやすく,話し手の主観的意図,認識態度,音韻論的観点などを捨象することはできない。逆に,聴覚的観察方法で主観的に観察した音声的差異は,器械により客観化する必要がある。また音声学は音韻論と補い合う関係にあり,互いに他をより精密化するものである。音声学の知識は,言語の歴史的研究・比較研究にも必要であり,言語学にとって必須の基礎学問である。

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音声学
おんせいがく phonetics

音声は人間の発音器官により発せられる音で,これを言語伝達のために用いるとき言語音声という。音声学は言語音声を記述する科学である。音声による言語の伝達には三つの局面がある。(1)話者が発音器官を用いて音声を発すると,(2)これは音波となって空中を伝播する。(3)この音波は聞き手の耳に達してその鼓膜を振動させ音声として認知される。この三つの局面に対応した音声学が成立する。つまり(1)話者がいかにして言語音声を発するかを生理的に分析する調音音声学 articulatory phonetics,(2)言語音声を音波として物理的に分析する音響音声学acoustic phonetics,さらに(3)聞き手が音声音波をどのように聞き取るか心理的に分析する聴覚音声学 auditory phonetics の3分野に分かれる。(1)の調音音声学は調音活動の観察や実験を通し19世紀末から H. スウィート,ジーフェルス E. Sievers,O. イェスペルセンなどにより綿密に研究され科学として確立されるにいたった。(2)の音響音声学は以前からオシログラフのような器械を使用してきたが,第2次大戦中にスペクトログラフ spectrograph(商標であるソナグラフの名が使われることがむしろ多い)という音響分析装置が開発されてから長足の進歩をとげた。(3)の聴覚音声学は主要な部門であるが研究は端緒についたばかりである。そこで調音音声学と音響音声学について概説する。
塢調音音声学塋
調音音声学はどのような言語音声がいかなる調音活動によって発せられるかを記述する部門である。それには発音器官とその機能を心得ておく必要がある。言語音声は呼吸により肺から出る息すなわち呼気を用いるのが普通であるが,まれに吸気を使うこともある。呼気は気管を通って口もしくは鼻から抜け出る。口は食物を摂取する器官であり,鼻と気管は呼吸のための器官である。これら器官のうち音声を発音するために利用する部分を発音器官という。
【発音器官】
 発音器官 speech organ は口腔,鼻腔,咽頭,喉頭に大別することができる。呼気はまず喉仏(のどぼとけ)のある喉頭を抜けて咽頭へ入り,ここから口腔もしくは鼻腔へ分かれて出ていく(図1参照)。ただし口腔と鼻腔の両方から同時に息を吐くこともできる。そこでこれら息が音声に変わる通路を声道という。いま声道を口腔から奥へ向かって配置された発音器官を順次確かめていくと,まず上顎に付着している上位調音器官として,上唇と上歯があり,これに続き歯茎がある。その後部から深くほれて湾曲した硬い部分を硬口蓋,次に軟らかな粘膜に覆われた部分を軟口蓋と呼ぶ。さらに軟口蓋の先は垂れ下がった突起状の口蓋垂となる。次に下顎に付着する下位調音器官として,まず下唇があり,次に伸縮自在な舌がある。舌の表面は次のように区分される。口を軽く結んで休止状態としたとき,前歯に触れている所を舌先tip,上の歯茎に触れている部分を舌端 blade,硬口蓋に向かっている部分を前舌 front,軟口蓋に対している部分を後舌 back という。なお,前舌と後舌の中間を中舌 central と呼ぶことがある。また後舌の奥の舌の付け根を舌根という。音声を発するときは,上顎を固定し,下顎を上下に動かすので下位調音器官の方が積極的な器官と見なされる。ただし軟口蓋の後部は上下に移動して鼻腔への通路を開いたり閉じたりすることができる。
 次にのどと呼ばれている部分は咽頭 pharynxと喉頭 larynx に分けられる。咽頭は口から胃へ通ずる食物の道と鼻から気管に及ぶ息の道が交差している個所である。そして気管の入口に当たる喉仏のところが喉頭に相当する。喉頭には声門 glottis と称する息の関門がある。ここには声帯 vocal cords と呼ぶ2枚の弁があり,互いに接したり離れたりして,肺から流れ出る空気を遮断したり通過させたりする。こうした上位と下位の器官を用いて言語音声を発することを調音articulation と呼び,調音に参加する器官を調音器官 articulator という。
【子音の分類】
 子音は肺から流れ出る空気を声道において妨害するとき発する音である。そこで子音は妨害を起こす位置と方法によって規定できる。一般に妨害の位置を調音の位置,妨害の方法を調音の方法という。
[調音の位置]  上位器官に下位器官が接近もしくは接触する位置につき表のような音声学的名称が定められている。
[調音の方法]  上下の器官が接触する場合が閉鎖で,(1)完全に接触するものに閉鎖音,破擦音,鼻音があり,(2)不完全に接触するものに流音がある。これは(a)断続的に繰返し接触する顫(せん)動音(ふるえ音)と(b)1回だけこするように接触する弾音(はじき音)に分かれる。また,(c)舌を上位器官に接触させ,舌の側面から息を流し出すものを側音という。
 上下の器官が接近する場合は〈せばめ〉で,(1)摩擦する音を生ずるものを摩擦音といい,そのうちとくに,(a)気流が上歯に向けられて発するものが歯擦音,(b)そうでないものが非歯擦音である。なお(2)摩擦する音を生じなければ半母音となる。子音の分類にはさらに軟口蓋の位置と声帯振動についての記述が必要である。
[軟口蓋の位置]  軟口蓋が上がると,その後部が咽頭壁に密着し鼻腔への通路を閉じてしまう。したがって呼気はすべて口から抜け出るので,このとき発する音を口音 oral という。これに対し,軟口蓋が下がると,その後部が咽頭壁から離れ鼻腔への通路が開く。そこで呼気は鼻へ抜け出ていく。このとき発する音が鼻音 nasal である。
[声帯振動]  (1)声門にある2枚の声帯が接触し,空気の流れを遮断するとき声門閉鎖音[ボ]が作られる。咳(せき)は声門閉鎖の一種である。(2)声帯が軽く接するとき,肺から吐き出される空気は声帯を押しのけて流出する。このとき声帯が振動し声を発する。声を伴う場合を有声 voiced という。(3)声帯を少し離れた所まで接近させると,呼気は軽い摩擦音をたてる。これが声門摩擦音[h]となる。寒さにかじかんだ手のひらに息を吹きかけるときこの音が出る。(4)声帯を大きく引き離すと呼気はなんら妨げられることもなく声門を通って流れ出る。この状態を無声 voiceless という。
 子音はこの声帯振動の有無(有声か無声か)や先に述べた調音の位置,調音の方法によって規定される。例えば,[p]音は〈無声・両唇・閉鎖音〉と呼ばれる。ただしこれは口音に限る呼称であって,鼻音の場合は有声が普通であるから調音の位置だけ述べればよい。例えば[m]音は〈両唇鼻音〉と称する。
[おもな子音]  以下におもな子音について記述する。
(1)閉鎖音 stop(図2参照) (a)無声両唇閉鎖音[p]は日本語〈パ〉の子音。有声両唇閉鎖音[b]は日本語〈バ〉の子音。(b)無声歯茎閉鎖音[t]。日本語の〈タ〉の子音は舌端と歯茎で調音されるが,フランス語の[t]は舌先が前歯に触れている。有声歯茎閉鎖音[d]でも日本語の〈ダ〉の子音とフランス語の[d]は前述の要領に従う。(c)硬口蓋閉鎖音の無声[c]と有声[ゐ]では前舌と硬口蓋で閉鎖が作られる。ハンガリー語 ty⇔k[cuビk]〈めんどり〉,ma∪yar[maゑar]〈ハンガリー人〉。それぞれ〈チ〉〈ジ〉と聞こえる。(d)無声軟口蓋閉鎖音[k]は日本語の〈カ〉の子音。アラビア語では後舌を口蓋垂に接した口蓋垂閉鎖音[q]が用いられる。[qalb]〈心臓〉。有声軟口蓋閉鎖音[を]は日本語の語頭の〈ガ〉の子音。有声口蓋垂閉鎖音は[№]。(e)声門閉鎖音[ボ]は声帯を接合させて閉鎖を行う。ドイツ語では母音で始まる語の出初めに現れる。ein[ボain]〈ひとつ〉。
(2)摩擦音 fricative(図3参照) (a)無声両唇摩擦音[ァ]は両方の唇を近づけて発する。日本語の〈フ〉[ァセ]の子音。有声両唇摩擦音[ア]はスペイン語 lobo[loアo]〈狼〉に見られる。
(b)無声唇歯摩擦音[f]と有声唇歯摩擦音[v]では,上歯を下唇に近づけ唇をかむようにして発する。英語の five[fa㏍v]〈5〉。(c)無声歯摩擦音[ィ]には,舌先を前歯の裏に押しあてる歯裏摩擦音と舌先を前歯の先につける歯間摩擦音とがある。英語の thing[ィ㏍ペ]〈物〉は歯裏と歯間のどちらでもよい。有声歯摩擦音[め]は英語の this[め㏍s]〈これ〉に現れる。スペイン語の todo[toめo]〈すべての〉は歯間音である。(d)無声歯茎摩擦音[s]。日本語の〈サ〉の子音では舌端を歯茎に近づけるが,フランス語の sac[sak]〈袋〉では舌先が門歯の裏につく。有声歯茎摩擦音[z]は[s]の有声音。(e)無声硬口蓋歯茎音[イ]は舌端を歯茎の後部に近づける。日本語の〈シ〉[イi]の子音では舌先が下がっている。ドイツ語の Schuh[イuビ]〈くつ〉では唇が突き出される。有声硬口蓋歯茎摩擦音[ゥ]は英語のleisure[leゥト]〈ひま〉の語中に現れる。(f)無声硬口蓋摩擦音[ぅ]は硬口蓋に前舌を近づけて発する。日本語の〈ヒ〉[ぅi]の子音やドイツ語の ich[㏍ぅ]〈私〉に聞かれる。有声硬口蓋摩擦音[j]は英語 year[jiト]〈年〉の語頭に現れる。(g)無声軟口蓋摩擦音[x]は[k]の位置で発せられる摩擦音で,ドイツ語の Dach[dax]〈屋根〉やスペイン語の tajo[taxo]〈切る〉に使われている。有声軟口蓋摩擦音[ウ]は[x]の有声音で,スペイン語の fuego[fueウo]〈火〉の中に現れる。
(h)無声口蓋垂摩擦音[χ]は口蓋垂と後舌で摩擦音を出す。有声口蓋垂摩擦音[ェ]は後舌を後方へ押し上げ口蓋垂との間で摩擦音を発する。フランス語の r 音はこの型が多い。rouge[ェuビゥ]〈赤い〉。
(i)咽頭摩擦音は舌根を咽頭壁に近づけて発音される。無声音[エ]と有声音[ォ]はアラビア語の[エa]と[ォain]の文字に相当する音である。
(j)無声声門摩擦音[h]。日本語の〈ハ〉の子音で英語の house[ha㊦s]〈家〉の語頭音。この有声音[オ]は〈母〉[haオa]の語中に聞かれることがある。
(3)鼻音(図4参照) (a)両唇鼻音[m]。両方の唇を閉じて軟口蓋を下げる。日本語の〈マ〉の子音。(b)歯茎鼻音[n]は舌先が舌端で歯茎を閉鎖し軟口蓋を下げる。日本語の〈ナ〉の子音。(c)硬口蓋鼻音[カ]は前舌を硬口蓋に接触させて軟口蓋を下げる。日本語の〈ニ〉[カi]の子音に近い。フランス語の signe[siカ]〈しるし〉。(d)軟口蓋鼻音[ペ]は後舌と軟口蓋で閉鎖を作り軟口蓋の後部を下げる。日本語の鼻濁音〈ガ〉の子音で〈かぎ〉[kaペi]や英語の king[k㏍ペ]〈王〉に現れる。(e)口蓋垂鼻音[℡]では舌先を上げて後舌を後ろへ押しやり口蓋垂と接して閉鎖を作り軟口蓋の後部を下げる。日本語の撥音〈ン〉に相当する。〈金〉[ki℡]。
(4)流音 liquid(図5参照) (a)歯茎側音 lateral[l]は舌先を歯茎にあて舌の両側から息を流す。英語の lip[l㏍p]〈唇〉。(b)硬口蓋側音[ガ]は前舌と硬口蓋で側音を作る。スペイン語 pello[peガo]〈ひな鳥〉。(c)歯茎顫動音 trill[r]は舌先を歯茎にあて数回震わす。スペイン語の perro[pero]〈犬〉。(d)歯茎弾音 flap[キ]は舌先を1度だけ歯茎ではじく。スペイン語の pero[peキo]〈しかし〉。英語の語中の r 音sorry[sギキ㏍]〈気の毒な〉。(e)口蓋垂顫動音[㊤]は後舌を盛り上げて口蓋垂を振動させる。
(5)半母音 semivowel (a)両唇軟口蓋半母音[w]は日本語の〈ワ〉[wa]の子音。英語 wet[wet]〈ぬれた〉では唇の丸めが強く前へ突き出される。(b)非円唇硬口蓋半母音[j]。日本語の〈ヤ〉[ja]の子音。有声硬口蓋摩擦音よりも少し舌が低い。(c)円唇硬口蓋半母音[ク]は[j]の構えで唇を丸める。フランス語の nuit[nクi]〈夜〉。
(6)閉鎖 閉鎖音は上下の器官が接触する閉鎖の段階と,閉鎖の状態を維持して息をせき止め,口腔内の気圧を高める持続の段階,次に上下の器官を引き離し破裂音をたてる開放の段階からなる。ただし,この開放の仕方に三つの様式がある。
(a)有気音 aspirated 閉鎖が開放されてから少し遅れて後続母音の声帯振動が始まるとき気音aspiration が生じる。この気音を伴うものを有気音(帯気音)といい音声記号の右肩に[‘]印をつける。英語では強勢母音の前の無声閉鎖音は有気となる。pen[p‘en]。中国語でも[p‘i]〈皮〉のように有気閉鎖音が用いられる。なお気音を伴わないものを無気音(無帯気音)と呼ぶ。
(b)破擦音 affricate 閉鎖の開放がゆるやかに行われると摩擦音が生じる。このような閉鎖音と摩擦音のコンビを破擦音という。歯茎破擦音は,日本語の〈ツ〉[tsセ]の子音は無声,〈ズ〉[dzセ]の子音は有声の歯茎破擦音である。また,硬口蓋歯茎破擦音は,日本語の〈チ〉[tイi]の子音は無声,〈ジ〉[dゥi]の子音は有声の硬口蓋歯茎破擦音である。英語では,church[tイトビtイ]〈教会〉,judge[dゥゼdゥ]〈判事〉。このほかにドイツ語には両唇破擦音[pf]がある。Pferd[pfert]〈馬〉。
(c)無開放 unreleased 閉鎖音が閉鎖と持続の段階だけで終わり,開放が行われないとき無開放閉鎖音となる。英語の act[ず㊥ツt]〈行為〉において,連続する閉鎖音では先行する閉鎖音は開放されない。また,タイ語の語末閉鎖音は無開放である。[l¬pツ]〈消す〉。
(7)二次調音 ある音声を発するため特定の上下の器官を接近もしくは接触させるにあたり,他の器官も同時にその調音に参加するとき,二次調音が生じる(図6参照)。
(a)硬口蓋化 palatalized 音 ある調音を行うと共に舌の本体を硬口蓋へ向かって盛り上げる。日本語の拗音は硬口蓋化子音である。直音〈カ〉[ka]の[k]と拗音〈キャ〉[グa]の[グ]を比較すると,図6の初めの2図のようである。ロシア語ではこれを軟音と呼ぶ。мaтb[maケ]〈母〉。
(b)軟口蓋化 velarized 音 ある調音を行うと共に舌の本体を軟口蓋へ向かって盛り上げる。英語の語末に立つ暗い l 音は軟口蓋化側音[ゲ]である。kill[k㏍ゲ]〈殺す〉。ただし語頭では硬口蓋化されない明るい l を用いる。lip[l㏍p]〈唇〉。
(c)そり舌音 retroflex 舌先をそらしその裏を上位器官に接触もしくは接近させる。これは反舌音ともいう。そり舌歯茎閉鎖音は舌先の裏を歯茎後部に接する。無声[コ]と有声[ゴ]はスウェーデン語に見られる。fort[foコ]〈早く〉,mord[moゴ]〈死〉。そり舌歯茎摩擦音は舌先の裏を歯茎後部に接近させる。歯擦音の無声[サ]と有声[ザ]は中国語に現れる。[サト]〈社〉,[ザen]〈人〉。舌先を上げ歯茎後部に近づける非歯擦音[シ]は英語の語頭の r 音に用いられる。red[シed]〈赤い〉。この場合,摩擦がなく半母音に近いが,閉鎖音の後では摩擦音が聞こえる。tree[tシiビ]〈木〉。そり舌歯茎鼻音は[ジ]。そり舌歯茎弾音は[ス]。舌先の裏を歯茎後部に1回だけこするようにはじく。日本語のラ行の子音にこのそり舌[ス]を用いる人が多い。
【母音の分類】
 母音は肺からの空気が声道において妨害されて騒音をたてることなく口の中央を流れ出る音である。母音の音色は主として舌の形状によって決定されるため,舌の最高点を求め,その位置により母音を分類する方法がとられている。
(1)舌の上下の位置 舌面が口蓋に最も近づくものを高母音 high(狭母音),最も離れているものを低母音 low(広母音)とし,その中間を中母音 midと呼ぶ。
(2)舌の前後の位置 舌の最高点が前よりのものを前舌母音 front,後よりのものを後舌母音back,その中間を中舌母音 central とする。
(3)唇の形により,唇が丸められる円唇母音rounded と横に引きひろげられる非円唇unrounded 母音とに区別される。
(4)軟口蓋の位置 軟口蓋が上がり鼻腔通路が閉じて,口からのみ息が出れば口母音,軟口蓋が下がり鼻腔通路が開いて,鼻からも息が出れば鼻母音となる。
 (1)の上下の次元における高・中・低の3区分では不十分なので,それぞれをさらに二つに細分すると図7のような母音分類表が得られる。この表は正確な舌の位置を示すものではなく,音色の聴覚的印象により相対的に母音を配置したものである。
[おもな母音]  (1)非円唇母音 (a)前舌高母音[i]は日本語の〈イ〉に近い。(b)前舌低め高母音[㏍]は日本語の〈イ〉よりやや低く後寄りで英語 pin[p㏍n]の短母音に相当する。(c)前舌高めの中母音[e](狭い e)は日本語の〈エ〉に近い。(d)前舌低め中母音[ズ](広い e)。日本語の〈エ〉より低い。フランス語の bec[bズk]〈くちばし〉。(e)前舌高め低母音[ず]。日本語の〈ア〉と〈エ〉の中間で後寄り。英語の cat[kずt]〈ねこ〉。(f)前舌低母音[a]は日本語の〈ア〉より前寄り。フランス語 patte[pat]〈足〉。(g)後舌高母音[セ]。日本語〈ウ〉は少し前寄り。(h)後舌低め中母音[ゼ]。英語の[ゼ]はかなり前寄りで発音される。cut[kゼt]〈切る〉。(i)後舌低母音[ソ]は口の奥で発せられる。アメリカ英語の hot[hソt]〈あつい〉。(j)中舌高母音[ゾ]は[i]の構えで舌を後方へ引く。ロシア語の язык[jトzゾk]〈舌〉。(k)中舌高め中母音[ト]は英語のあいまい母音に相当する。aloud[トla㊦d]〈大声で〉。
(2)円唇母音 (a)前舌高母音[y]は[i]の構えで唇を丸める。ドイツ語 T‰r[tyビr]〈戸〉,フランス語 lune[lyn]〈月〉。(b)前舌高め中母音[φ]は[e]の構えで唇を丸める。ドイツ語 schÅn[イφビn]〈美しい〉,フランス語 feu[fφ]〈火〉。(c)前舌低め中母音[せ]は[ズ]の構えで唇を丸める。フランス語 cせur[kせェ]〈心〉。
(d)後舌高母音[u]は日本語の〈ウ〉と違い唇を丸めて舌を後方へ引く。英語 pool[puビゲ]〈プール〉,ドイツ語 Mut[muビt]〈気分〉。(e)後舌低め低高母音[㊦]は[u]よりもやや低く前寄り。英語の put[p㊦t]〈置く〉の短母音。(f)後舌高め中母音(狭い o)[o]は日本語の〈オ〉。フランス語 beau[bo]〈美しい〉の母音。(g)後舌低め中母音(広い o)[タ]は日本語の〈オ〉よりも舌が低い。フランス語 note[nタt]〈注〉。(h)後舌低母音[ギ]は[ソ]の構えで唇を丸める。イギリス英語 hot[hギt]。(i)中舌高母音[ダ]は唇を強く前へ突き出す。ノルウェー語 hus[hダs]〈家〉。
(3)基本母音 母音の調音における舌の動きを観察すると,前舌母音では高から低へ[i]→[e]→[ε]→[a]の順に口が開き,舌が斜めに下がっていく。これに対し後舌母音では,[u]→[o]→[タ]→[ソ]の順に舌が下がっていく。このためイギリスの音声学者 D. ジョーンズは図8のような母音四角形を提示している。これによると前舌母音系列は[i]と[a]の間が[e]と[ズ]で3等分され,後舌母音系列では[u]と[ソ]の間が[o]と[タ]で3等分されている。このように配置された母音を基本母音という。
(4)鼻母音 前述の母音の構えで軟口蓋を下げ,鼻と口の両方から息を出すと鼻母音となる。フランス語には4種の鼻母音がある。pain[p8]〈パン〉の[8](~は鼻音化の符号),un[チ]〈ひとつ〉の[チ],bon[b7]の[7],blanc[bl2]〈白い〉の[2]。
(5)無声母音 母音は通例,有声であるが,場合により無声となることもある。日本語では,無声の閉鎖音と摩擦音にはさまれた高母音の[i]と[セ]は無声化することがある。クシ[kヂイi]では[ヂ]が,シカ[イッka]では[ッ]が無声化している(。と ツ は無声化の符号)。
(6)そり舌母音 ある母音を調音しながら舌先を上げるとそり舌母音となる(図9参照)。アメリカ英語によく用いられる。(a)[ヅ]は[ト]の構えで舌先だけ軽く上げる。bird[bヅビd]〈鳥〉。(b)[テ]は[タ]の構えで舌先を軽く上げる。court[kテビt]〈法廷〉。(c)[デ]は[ソ]の構えで舌先を軽くそり上げる。cart[kデビt]〈車〉。
(7)二重母音 舌がある母音から出発し他の母音へ向かって移動しながら1音節を構成するものを二重母音 diphthong という。例えば,英語の I[a㏍]〈私〉では,舌が[a]の構えから高母音[㏍]へ向かって移っていくが,[㏍]の手前で調音を終えてしまう(図10参照)。これに対し日本語のアイでは,舌の構えは[a]から[i]に変わり2音節に数えられる。つまり母音の連続であるから連母音という。英語では,[e㏍][a㏍][a㊦][タ㏍][o㊦]のように高母音[㏍]と[㊦]へ向かう二重母音が用いられる。ただし,イギリスでは[o㊦]は[ト㊦]と発音される傾向がある。go[をo㊦]→[をト㊦]〈行く〉。ドイツ語には[a㏍][a㊦]のほかに円唇の二重母音[タ㍽]がある。
【韻律的特徴】
 言語音声の強さ,高さ,長さをまとめて韻律的特徴 prosodic features という。(1)強さアクセント(強弱アクセント),あるいは強勢 stress は音声を発する相対的な息の強さによる。英語では強勢に強[ュ]と弱の別があり,その位置が自由に移動して語の意味を区別する。below[b㏍ュlo㊦]〈下〉,と billow[ュb㏍lo㊦]〈大波〉。また,やや強い副強勢[ユ]が現れることもある。examination[㏍をzユずmトュne㏍イトn]〈試験〉。強勢がある位置に固定している言語もある。チェコ語では常に語の第1音節に強勢がくる。
(2)音の高さに相対的な区別や変化がある場合に高さアクセント(高低アクセント)pitch が認められる。日本語では,橋[haヤイi]と神[haャイi]のように高さアクセントの位置の違いが語の意味を区別する。高さアクセントの変動が音節と結びつくとき声調 tone となる。タイ語には,高[m⊂i]〈木〉,中[mai]〈マイル〉,低[mロi]〈新しい〉と3段の高さがあり,さらに上昇[m∞i]〈蚕〉と下降[m「i]〈燃える〉の別がある。前の三つの例のようにある一定の高さをもつものを音位声調,後の二つの例のように高さが上下の方向に移動するものを変位声調という。中国語は上[ma勦]〈媽〉と共に上昇[ma飭]〈麻〉と下降[ma勠]〈符〉それに下降上昇[ma勳]〈馬〉の四声をもつ。
(3)音の長さは,長を[ビ],半長を[ヒ]の記号で表す。英語では,有声子音の前の母音は無声子音の前の母音よりも長い。beat[biヒt]〈打つ〉と bead[biビd]〈じゅず玉〉。フィンランド語では,母音と子音の両方に長さの対立が見られる。tuli[tuli]〈火〉と tuuli[tuビli]〈風〉,kuka[kuka]〈だれ〉と kukka[kukビa]〈花〉。
塢音響音声学塋
声帯の振動により,肺から流れ出る空気は細かく切断される。この刻み方が細かいほど高い音となる。このような声帯振動の早さによる音の高さのほかに母音は2種類の固有の高さをもっている。音声をスペクトログラフ(ソナグラフ)にかけると,これらの高さは横縞となってフィルム(スペクトログラム)に写し出されるが,この縞をフォルマント(略称F)と呼ぶ(図11参照)。そして周波数の低いものから順次,第1,第2,第3フォルマントと名づける。
 普通,第1フォルマントは[i]―[ズ]―[ソ]の順に高くなり,[ソ]―[タ]―[u]の順に下がっていく。これに対し第2フォルマントは[i]―[ズ]―[ソ]―[タ]―[u]の順に下降する(図12参照)。われわれはこの二つのフォルマントの分布の仕方により音声として母音を聞き取るのである。第1フォルマントは舌の上下の高さに対応するが,フォルマントの低いものほど舌の位置は逆に高くなる。また第1フォルマントと第2フォルマントとの間の距離が舌の前後の位置を指す。その距離が大きいものほど前よりの母音となる。いま英語の母音におけるフォルマントの標準的数値に従って計算し,第1F と第2F との距離の値を横軸に,第1F の値を縦軸にとって逆比例のグラフを作ると図12のグラフとなる。調音音声学の母音四角形に似た配列が得られる。
 子音はその前後にくる母音のフォルマントの始めと終りに現れるゆがみにより認定される。図13の英語の[bずb],[dずd],[をずを]のスペクトログラムを見ると,各語の前後にある空白は閉鎖により音声がとぎれていることを示す。[b]音では第1と第2フォルマントの出始めと終りが下がっている。[d]音では第2フォルマントが1700ヘルツあたりを指している。[を]音では第2と第3フォルマントの出始めが下がり,終りで交差している。これは前と後の[を]音の調音点が異なることを示唆している。摩擦音はかすれの広がり方により,鼻音や側音は特有の薄いフォルマントの分布の型により見分けることができる。
 このように言語音声をフォルマントに分析するばかりでなく,スペクトログラムにフォルマントを書きこみ,器械を逆に操作して人工音声を合成することも可能である。最近ではこうした合成音声を被験者に聞かせ,どのように聞き取るかを調べる知覚音声学が発達してきた。⇒音韻論∥音声記号∥声                      小泉 保

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音声学
I プロローグ

音声学 おんせいがく 言語につかわれる音の、調音・物理的性質・聴覚的印象を研究する言語学の分野。実験音声学、調音音声学、音響音声学、聴覚音声学にわかれる。聴覚音声学は、言語音が人間の耳によってどのように認識されるかを研究する。

II 実験音声学

カイモグラフのような波動曲線記録装置やX線などの機械をもちいて、人間が発する音の調音上、音響上、そして聴覚上の性質についてデータを物理的に研究する。機械が精密であるほど、言語音をくわしく計測することができる。厳密にいえば、どの音もほかの音とはことなっている。

III 調音音声学

言語音声を発することを調音といい、調音音声学は、音声器官が音をだすために、口、鼻、のどにおける空気の流れをどのようにかえるかを研究する。ある音を記述する際には、音声器官のすべての運動を記述する必要はない。調音点がどこか、調音様式はどのようなものか、などいくつかの点についての記述でことたりる。こうした各音声の特徴は、音声記号によってあらわされる。もっともよくつかわれるのは国際音声学会(IPA)がさだめた音声記号で、[ ]の中に書いてあらわす。

調音にもちいる器官は、可動のものと不動のものがある。唇、顎(あご)、舌、声帯のように、可動のものを調音器官という。これらの動きによって、発話者は肺からの呼気を加工する。不動の部分には歯、歯の後ろの歯茎、硬口蓋(こうこうがい)、その後ろの軟口蓋がある。

上唇と下唇の双方で調音されるbのように、2つの調音器官によって調音される音と、調音器官と不動の部分で調音される音は、その接点(調音点)をつくる器官の名前でよばれる。舌が調音器官である場合は名前にあらわれない。たとえば、舌が歯茎に接して発音されるtの音は、歯茎音とよばれる。

調音様式は、発話者が可動器官によってどのように空気の流れを加工するかによってきまる。空気の流れを完全にとめると閉鎖音となる。空気が鼻腔(びこう)にもながれるようにすると鼻音となる。舌で接点をつくってその両側を空気がながれるようにすれば側音となる。一瞬軽くふれるだけなら弾音となる。空気の流れが摩擦をおこしながら、せまい隙間(すきま)をとおるようにすれば摩擦音となる。さまたげられずに空気が舌の中心の上をとおるようにすれば母音となる。

発話者は、舌の位置を縦方向(高・中・低)に、また横方向(前・中・後)にかえることによってさまざまな音色の母音を調音する。たとえば、「アイ」と発音すると、はじめは舌は低い位置にあり、高い位置へ移動する。「ウイ」と発音すると、はじめは舌は後方に位置していて、前方へと移動する。ア(a)、イ(i)、ウ(u)の3つの母音は、いわゆる母音三角形iauの頂点をなす。

母音の音色は、そのほか唇をまるくしているかいないか、顎を大きくあけているかいないか、また舌先を平らにしているか丸くしているかによってもことなる。また、二重母音を発音する際には徐々に前部上方、もしくは後部上方へと舌を移動させる。

そのほかにも言語音に関係する要素がある。通常音節は母音を中心としており、母音は音節の中でもっともよく聞こえる部分であるが、鼻音が音節の中心となることもあれば、母音的要素が音節の中心とならずに子音のような働きをすることもある。これを半母音という。

調音器官が緊張しているか弛緩(しかん)しているかでちがう音になることもある。有声音をだすためには、声帯をふるわせる。母音は有声音であり、英語では弛緩した子音はおおむね有声音である。調音の後に息を強くだしたとき、これを帯気音とよぶ。たとえば、英語のpie(パイ)という語の最初の音は帯気音[ph]なので、手を唇の前にかざすと息の流れを感じることができる。

IV 音響音声学

音響音声学は、言語音を、声道と他の諸器官のむすびついた共鳴器から発する音波として研究する。音波のほうが、調音よりも伝達の本質に近いといえる。なぜなら、人間が発する言語音と、たとえば鳥のオウムのような、まったくことなった道具立てをもちいて発する音が、聴覚的に同じ印象をあたえることもあるからである。

スペクトログラフをつかって、言語音の音波の特徴を記述することや、調音上の動きがどのような効果をもつかをしらべることができる。実験ではこれらの音波の一部をとりのぞいたものを再生して、ある言語の音に必須な特徴はどのようなものかをしらべることもできる。

V 歴史

音声学のもっとも初期の業績は、2000年以上前、サンスクリットの研究者たちの手によるものである。そのひとりである前400年代に活躍した文法学者のパーニニは、古くからの儀式での発音を正確につたえるために、調音を記述した。近世最初の音声学者は「デ・リッテリス」(1586)の著者、デンマーク人J.マティアスである。聾唖(ろうあ)者の教育にたずさわったイギリスの数学者ジョン・ウォリスは、1653年にはじめて母音を調音点によって分類した。

「聴覚論」(1863)の著者であるドイツの物理学者ヘルムホルツは、音響音声学を確立。フランス人神父ジャン・ピエール・ルスローは実験音声学での先駆者となった。19世紀末には、ポーランドの言語学者ジャン・ボードゥアン・ド・クルトネとスイスの言語学者ソシュールが音韻の理論を提唱した。アメリカでは、言語学者レナード・ブルームフィールドや人類学者・言語学者のエドワード・サピアが、音声学に多大の貢献をした。また、言語学者ヤコブソンは、すべての音韻体系に普遍的に存在する特徴についての理論をあみだした。

→ 言語学

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