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言語学・ゲームの結末を求めて(その2) [宗教/哲学]


言語
I プロローグ

言語 げんご 人間がたがいに情報を伝達するためにもちいる主要な手段。言語において、伝達の媒介となる手段の中心は音声であるが、文字のようなほかの手段を媒介とすることもある。

聴覚障害者の場合のように、音声をもちいて伝達することができないときは、手話のような視覚的な手段をもちいることもできる。

言語のもっとも重要な特徴は、言語記号とそれがあらわす意味の間の関係が恣意的(無関係)だということである。

つまり、「犬」という意味を、日本語で[inu]という音であらわす理由は、それが慣習によってきまっているという事実以外にはない。実際、同じ意味でも、英語ならばdog、スペイン語ならばperro、ロシア語ならばsobakaであって、言語によってそれぞれことなった音をもちいてあらわされている。

人間の言語は、ひろい範囲の内容を伝達することができるという特徴をもち、この点で動物の伝達手段とは性質がことなる。たとえば、ミツバチのダンスは、えさ場のある場所しか伝達することができない。→ ミツバチ

類人猿にも言語を学習する能力があることが知られていて、この能力の範囲が正確にはどの程度かについては議論がおこなわれているが、一般的には、2歳の人間の子供がもっている以上の言語能力を、類人猿は発達させることができないというのが、学者の一致した見解である。

II 言語学

言語学は、言語の科学的な研究である。言語学は、その対象とするものによっていくつかの分野にわけられる。音声学は言語の音を対象とし、音韻論は個別言語で音がどのようにもちいられているかを研究する。形態論は単語の構造、構文論は句や文の構造、意味論は意味の研究である。もうひとつの主要な分野である語用論は、言語とそれがもちいられる文脈との相互関係を研究対象としている。

言語一般のとらえ方として、共時的な観点と、通時的な観点がある。共時的とは、歴史上のある特定の時点における言語の状態に注目するものであり、通時的とは、言語の歴史的変化に注目するものである。この2つの観点に対応して、共時言語学と通時言語学(歴史言語学)がある。

このほか、言語学以外の学問分野との関連で、社会言語学、心理言語学などの分野もある。応用言語学といわれる分野もあり、主として外国語教育に言語学の方法を適用することを目的としている。

III 言語の構成要素

音声言語(→ 音声言語と言語障害)は、それ自体では意味をもたない音声によって構成されているが、音声はほかの音声とむすびつくことによって、意味をもつ実体をつくる。

たとえば、kとiの2つの音はそれだけでは意味をもたないが、くみあわされてkiとなると「木」という意味をあらわすようになる。これは「単語」とよばれる。単語がさらにくみあわされると「句」という単位をつくる。文の構造の基本をきめるのはこの句である。

1 言語の音声

世界の言語でもちいられているほとんどの音は、肺から空気をだして、それを喉頭と唇の間にある音声器官で変形させることによりつくりだされる。

たとえば、pの音は、唇を完全にとじて肺からくる空気をいったんとめて圧力を高め、それから唇をひらいて空気をだすことによってつくられる。sの音は、肺からの空気がとめられることはないが、舌が歯茎のすぐ近くにまでもちあげられて、気流の通過が部分的にさまたげられることにより生じる摩擦音である。

肺からの空気によってつくられるのではない音もある。不快感をあらわすとき、日本語や英語でもちいられる「舌打ち」の音がそのひとつである。この種の音は「クリック」とよばれ、アフリカのコイサン諸語やバントゥー諸語ではよくもちいられる音である。→ アフリカの諸言語

音声学は、音の物理的な性質を研究する言語学の分野で、さらに3つの下位分野にわかれている。音がどのようにしてつくられるかを対象とする調音音声学、人間の音声器官がつくりだした音波を対象とする音響音声学、音がどのようにして知覚されるかを研究する聴覚音声学である。

これに対して音韻論といわれる分野があり、音の物理的な性質ではなく、個々の言語における音の働きを問題とする。

音声学と音韻論の違いを次の例でみてみよう。英語のking「王」という単語の最初の音のkと、stick「棒」という単語の最後の音のkは、音声学的にはちがう音である。kingの場合は強い息をともない、stickの場合にはそうではない。

しかし、英語ではこの2つのkをつかいわけて単語を区別することはなく、英語を話す人々も、ふつう指摘されるまではその違いに気づかない。したがって、2種類のkの英語での働きは同じで、音韻論的にはこれを区別しないでよい。

ところがヒンディー語ではこの2つの音の働きがちがう。たとえば、khal「皮膚」では強い息をともなうkがもちいられ、kal「時間」では強い息をともなわないkがもちいられ、2種類のkの区別が単語の区別に役だっている。したがってヒンディー語では、音韻論的にも2つのkは区別されていることになる。

2 意味をもつ単位

言語学では意味をもつ最小の単位として、単語ではなく「形態素」といわれる単位が設定されている。たとえば、「みる」という1つの単語は、「みる」が現在で、「みた」が過去をあらわすことからもわかるように、「み」と「る」の2つの形態素にわかれ、「み」が「視覚によってとらえる」という意味を、「る」が「現在」の意味をあらわす。

「心理的」という単語も、「こころ」を意味する「心」と、「りくつ」を意味する「理」と、名詞を形容動詞にする語尾である「的」という3つの形態素にわかれる。

個々の言語にどのような形態素があり、その形態素がどのような仕組みでむすびついて単語をつくるのかを研究する分野を形態論という。

3 構文論(シンタクス)

文を構成する単語の並び方すなわち語順を研究する分野を、構文論または統辞論という。語順は言語によってことなる。日本語の基本的な語順は、「犬が人をかんだ」という文をみてもわかるように、「主語?目的語?動詞」だが、英語の基本的語順は「主語?動詞?目的語」であり、上と同じ意味の文は、A dog bit a manとなる。

また、日本語では「人を犬がかんだ」としても意味はかわらないが、英語でA man bit a dogとすると意味がまったくちがってくる。ブラジルで話されているヒシカリヤナ語のような「目的語?動詞?主語」という語順を基本とする言語もある。

言語の一般的特徴として、単語がまとまってすぐ文になるのではなく、単語が「句」という中間的な単位をつくり、句がならんで文をつくるという仕組みがあげられる。

日本語の「犬が人をかんだ」という文は、「犬」「が」「人」「を」「かん」「だ」という6つの単語でできているが、「犬」と「が」がまとまって「犬が」という句を、「人」と「を」がまとまって「人が」という句をつくり、その2つの句が「かん(かみ)」「だ」という動詞と助動詞の前にくることによって文ができあがっている。

句が一つの単位としてはたらいていることは、「犬が」と「人を」をいれかえて「人を犬がかんだ」としても意味はかわらないのに、「犬」と「人」だけをいれかえると「人が犬をかんだ」となって、意味がかわってしまうことからもわかる。

4 言語における意味

言語の意味を研究する分野は意味論とよばれる。意味論では、個々の形態素の意味がとりあつかわれるのはもちろんだが、文全体の意味も問題になる。

「犬が人をかんだ」と「人が犬をかんだ」という2つの文は、もちいられている形態素はまったく同じなのに、あらわしている意味はことなっている。これは2つの文の構造、つまり形態素の並び方がちがうからであるが、意味論では、形態素の意味が文の構造にしたがってまとめられて、文の意味を形づくる仕組みが説明される。

IV 言語習得

言語習得とは、幼児や大人がどのようにして言語をまなんでいくかを研究する言語学の分野である。

1 第1言語習得

第1言語習得は複雑な過程であり、まだよくわかっていないことが多い。幼児には、言語を習得することを可能にする資質が生まれつきそなわっている。

その資質としては、言語でもちいられる音声をつくりだすための音声器官の構造や、一般的な文法規則を理解する能力などがあげられる。しかし、このような資質は、ある一つの特定の言語を習得するためのものではない。幼児は、自分の周りで話されている言語をまなぶのであって、それが親の話している言語とはちがっている場合もある。

初期の言語習得について興味ある点は、幼児が話をするときには、文法的な規則をまもることよりも意味をつたえることを重視しているらしいことである。幼児が文法規則にしたがった文を話すようになってはじめて、言語能力に関して人間の子供が猿をこえるようになるのだと考えられている。

2 第2言語習得

第2言語習得とは、正確には第1言語を習得したあとで別の言語(外国語)を学習することをいうのだが、少年期をすぎてから第2言語を学習することの意味でつかわれることが多い。

幼児にとっては、2つ以上の言語をおぼえるのは簡単だが、少年期をすぎると、第2言語の習得には相当の努力をしなければならないし、多くの場合、幼児の場合よりも低いレベルにしか到達できない。

第2言語をうまく習得するには、その言語が話されている社会でくらすほうがよいのは確かである。また、アフリカの大部分の国々のように第2言語を習得する必要性の高い環境にいるほうが、第2言語をかならずしも必要としない環境にいる英語圏の国々にいるよりも、第2言語習得は成功する。

3 2言語使用と多言語使用

2言語使用とは、2つの言語をじゅうぶんにつかう能力をもっている状態であり、多言語使用とは、3つ以上の言語をじゅうぶんにつかう能力をもっている状態である。

英語や日本語を母語とする人々の間では、2言語使用は比較的まれだが、世界には2言語使用のほうが普通だという地域は多い。たとえば、パプアニューギニアの人口の半分以上は、土着の言語とピジン・イングリッシュの両方を話すことができる。

ただ、2言語使用や多言語使用といっても、複数の言語をつかう能力がまったく同じというわけではない。一方を他方よりもうまくつかえることもあれば、ある言語を話すのはうまいが、書く場合には別の言語のほうが上手だという場合もある。

V 言語の変種

言語はつねに変化しており、その結果、言語のさまざまな変種が発達している。

1 方言

方言は、ある言語を話す人々のうち、特定の一部の集団によってつかわれている変種のことをいう。言語学では伝統的には、方言という用語を地理的な言語変種をさすのにもちいてきたが、現在では、社会的に区分される集団に特徴的な言語変種についてももちいられる。

2つの言語変種が、ある言語の方言なのか、それとも別々の言語といえるほどにちがっているのかを決定するのは、むずかしい場合が多い。

言語学者は、この決定をする主要な基準として、相互に理解可能かどうかということをあげる。もし2つの言語変種がたがいに通じないならば、それらは2つの言語であり、たがいに通じて、相違点に規則性があるならば、同じ言語の方言だとみなされる。

しかし、このような定義には問題がある。なぜなら、どの程度まで相互の理解が可能ならば2つの言語変種を方言とみなしてよいかをきめる基準をもうけるのは、実際にはむずかしいからである。

相互理解には心理的な要因が大きく関係してくる。もしある言語変種の話し手が、別の言語変種の話し手のいうことを理解したいと思っているならば、理解したくないと思っている場合にくらべて理解の程度はあがるだろう。また、地理的に近い関係にある言語変種はたがいに理解できるが、離れれば離れるほど理解がむずかしくなるという事実もある。

さらに、方言と言語を区別するときには、社会的・政治的な要因がかならずかかわってくる。たとえば、中国にはたがいに通じない言語変種がたくさんあるにもかかわらず、それらは中国語という一つの言語の方言だとされるのが普通である。

方言が生じるのは、ある共通の言語を話している複数の集団の間の交流が制限された場合である。そのような状況では、ある集団の中でおこった変化は、ほかの集団へはひろがっていかない。

その結果、それぞれの集団の言語がしだいにちがったものになっていき、交流が制限される期間が長くつづくと、集団と集団の間での言語理解ができなくなる。とくに、ある言語集団が社会的にも政治的にもほかの集団から孤立するような場合、ことなった諸言語が生じるのである。

たとえば、ローマ帝国の各地で口語のラテン語にことなった変化がおこり、その結果、現在のようなロマンス諸語が生まれた。ロマンス諸語とは、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語などの諸言語のことをいう。

日常的には、方言という用語は、ある言語の標準語とはことなった言語変種のことを意味することがある。しかし、言語学では、標準語はある言語の一つの方言にすぎないとみなされる。

たとえば、パリで話されているフランス語の方言は、フランスの標準語になっているが、それはその方言自体になにか特別の特徴があったからではなく、パリがフランスの政治や文化の中心だったからにすぎない。

2 言語の社会的変異

社会的な要因によって生じた方言を社会方言といい、階級や宗教のような社会内部での区分が原因で生まれることが多い。

たとえばニューヨークでは、音節の最後のrの音を発音するかどうかは階級によって差があり、上の階級ほどrの音を発音する傾向にある。同じようにイギリスでも、ある社会的集団では、ほかの集団と自分たちを区別するために、hの音を独特な方法で発音することがおこなわれている。

特殊な語彙(ごい)をもちいる社会的な言語変種として、俗語(スラング)、隠語(ジャーゴン)などがある。「俗語」は、ある言語の標準的な語彙には属さない、くだけた語彙のことをさす。「隠語」は、法律家など特別の職業の人々がもちいる専門的な用語や、犯罪組織など秘密の集団によってもちいられる言葉で、部外者にはわからない語彙のことである。

言語の社会的な変種にくわえて、社会的な状況によって左右される変種のことを「使用域」という。あらたまった場面では「私は山田ともうします」というのに対し、くだけた場面では「おれは山田だ」というような違いが、使用域による違いである。

3 ピジンとクレオール

ピジンとは、別の言語を話す人々が、たがいに意思を伝達するための手段をつくりだす必要がでてきたとき、相手の言語をきちんとまなぶ時間がじゅうぶんにないような場合に発達する補助的な言語のことをいう。

ピジンでつかわれる語彙は、もとの言語から大部分をかりてくるのが普通である。しかしピジンの文法は、もとの言語の影響を強くうけている場合もあれば、どの言語の文法ともちがう独特のかたちになる場合もある。

ピジンはカリブ海や南太平洋の植民地でその多くが生まれ、パプアニューギニアで話されているピジン・イングリッシュがよく知られている。

ピジン・イングリッシュの文法は英語をもとにしているが、英語でThis man's pig has come「この男のブタがきた」というところを、ピジン・イングリッシュではPik bilong dispela man i kam pinisというように、英語の文法とはかなりちがう。→ 英語

ピジンは補助的な言語であり、それを母語として話す人はいない。いっぽう、クレオールは、ピジンがある集団の母語にまで発展したものである。したがってピジンと同じように、クレオールは、ある一つの言語から大部分の語彙をかりているし、文法は、その地域でもともと話されていた言語の文法をもとにしている場合がある。ピジン・イングリッシュやジャマイカのクレオールのように英語の語彙をもちいたピジンやクレオールを、「英語基盤」とよんでいる。

VI 世界の諸言語

世界に言語がいくつあるかは、言語と方言の区別をどこでするかによってかわってくる。たとえば、中国語を一つの言語とする見方もあれば、たがいに通じない方言もあることから、北京語と広東語などいくつかの言語に区別する立場もある。

たがいに通じるかどうかを基本的な基準とするならば、現在世界では約6000の言語が話されていることになる。しかし、話し手の数の少ない数多くの言語が、今では話し手の数の多い言語によってとってかわられる危険にさらされている。

学者の中には、1990年代に話されている言語の9割が、今世紀の終わりには消滅しているか消滅しかかっているだろうと考えている者もいる。

世界で話し手の数の多い主要12言語とその話し手の数は、以下のようになっている。

中国語、8億3600万人。ヒンディー語(→ インドの言語)、3億3300万人。スペイン語、3億3200万人。英語、3億2200万人。ベンガル語(→ インドの言語)、1億8900万人。アラビア語、1億8600万人。ロシア語、1億7000万人。ポルトガル語、1億7000万人。日本語、1億2500万人。ドイツ語、9800万人。フランス語、7200万人。マレー語(→ オーストロネシア語族)、5000万人。

第2言語として話している人の数もふくめるならば、英語の話し手は4億1800万人で、第2位となる。

1 言語の分類

言語学では、言語の分類は類型と系統という2つの基準でおこなわれる。

1A 類型による分類

類型的な分類とは、言語をある特徴ごとの類似点と相違点にしたがって類別するもので、同じ特徴をもつ言語は、その特徴については同じ類型に属することになる。

たとえば、英語と中国語はことなっている点も多いが、語順については、主語?動詞?目的語という同じ語順の類型に属している。

1B 系統による分類

系統的な分類とは、言語を、その歴史的な発達を基準として語族に分類するものである。語族とは、共通の祖先に由来する諸言語のことをいう。

たとえば、英語やドイツ語、フランス語などの言語は、すべてインド・ヨーロッパ語族とよばれる語族に属しており、これらの諸言語の祖先はインド・ヨーロッパ祖語といわれる。

2 インド・ヨーロッパ語族

インド・ヨーロッパ語族は、ヨーロッパから西および南アジアの地域にかけてひろく話されている諸言語である。この語族は、さらにいくつかの諸言語に下位区分される。語族の下位区分を語派とよぶ。

ヨーロッパ北西部では、ゲルマン語派が話されている。ゲルマン語派に属するのは、英語、ドイツ語、オランダ語、そしてデンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語などスカンディナビア諸言語などである。

ウェールズ語やゲール語などのケルト諸語は、かつてはヨーロッパのひろい地域で話されていたのだが、現在では西の辺

音声言語
音声言語

おんせいげんご
spoken language

  

口で言語音を話し,それを耳で聞いて了解する言語をいう。「話し言葉」ともいい,「文字言語」 (「書き言葉」) に対するもの。両者は,母語として文字言語をもたない民族はあっても,音声言語をもたない民族はないという関係にある。身ぶり,表情,広義のイントネーションが重要な働きをし,そのため,省略や不整表現が多く,文の切れ目が不分明で1文か2文かがはっきりしない,間投詞・間投助詞・終助詞が多く用いられるなど,文字言語とは異なる性質をもつ。音声言語にも口語的なもの (日常会話体,談話体など) と,文語的なもの (スピーチ,講演などや,アイヌの『ユーカラ』などの口承文芸など) があるが,一般的には,音声言語には口語的な語彙と文法が用いられる。その関係からも「口語」を音声言語の意味で使うこともある。





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[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2008]
言語音
言語音

げんごおん
speech sound

  

音声器官によって発せられ,言語に使用される「オト」をいう。物理的な総称としての「オト」と区別して単に「オン」ともいう。音声ともいうが,音声には,咳払いや作り笑いなどの表情音,口笛や動物の物まねなどの遊戯音といった非言語音まで含めていうことがある。咳やくしゃみは反射音であって音声ではなく,したがって言語音でもない。言語音は,それが表わす内容との関係が非必然的・約束的であって,客観的な知的叙述にも用いられ,分節的・組織的であるという性格をもつ。発音は言語音を発することをいう。なお,別に単音をさして言語音ということもある。





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文字言語
文字言語

もじげんご
written language

  

文字を媒介とする言葉。書き言葉,書写言語ともいい,文語と同義に使われることもある。文字言語は一般に固定性をもち,時間,空間をこえた伝達力をもつ。また書き言葉自体が一つの文体となって,方言差をこえた文字共通語の役割を果すことも多い。文字言語は場面に頼ることができないので,音声言語そのままの写しではなく,文脈の整合性,表現の完結性が要求される。したがってかなりの推敲が必要で,硬い論理的表現あるいは繊細な文学的表現に適している。「書き言葉」は,文字言語のこのような性質にふさわしい硬い文体的意義特徴をもち,日常会話では普通用いない語彙をさしていうことがある。





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文字(言語)
I プロローグ

文字 もじ Writing 言語記号を構成する成分で、視覚でとらえることのできるもの。ヨーロッパの諸言語でもちいられているローマ字や中国の漢字、日本の仮名など、世界ではかなりの種類の文字がつかわれている。

II 文字の種類

世界でつかわれている文字には、ローマ字、漢字、仮名だけでなく、アラビア文字、ヘブライ文字、アルメニア文字、タイ文字、チベット文字などたくさんの種類があるし、現在つかわれていない文字としても、エジプト文字(→ エジプト語)、楔形文字、エトルリア文字(→ エトルリア文明)、マヤ文字(→ マヤ)、ルーン文字などが知られている。

1 表音文字

しかし、文字の働きという観点からすると、文字は表音文字と表意文字という2つの種類に大きく分類することができる。表音文字は、言語でもちいられているひとつひとつの音、または母音を中心とした音の集まりである音節をあらわす文字のことをいう。表音文字のうちひとつひとつの音をあらわすものを「単音文字」または「アルファベット」とよび、ローマ字やアラビア文字、タイ文字、モンゴル文字など世界でもちいられている文字の大多数が単音文字である。

2 音節文字

音節をあらわす文字は「音節文字」とよばれるが、音節文字の代表は日本でつかわれている仮名である。平仮名の「か」は /ka/ という音節をあらわしているし、カタカナの「モ」は /mo/ という音節をあらわしている。純粋な音節文字の種類はあまり多くなくて、仮名以外で現在もつかわれているのは、アメリカ先住民の言語であるチェロキー語(→ チェロキー)を書きあらわすためのチェロキー文字とエチオピア文字ぐらいであるが、古代には、ヒッタイト楔形文字、古代ペルシャ文字、クレタ島で発見されてギリシャ語を書きあらわしていた線文字Bなどがあった(→ エバンズ)。

3 単音文字

朝鮮半島でもちいられているハングルやインドで話されているヒンディー語(→ インドの言語)をしるすためのデーバナーガリー文字、チベット文字などは、基本的な文字の単位は単音文字であるが、音節ごとにまとまって1つの文字のように書かれる。たとえば、/kan/ という音節は単音文字だと3つの文字がならぶことになるが、ハングルでは /k/, /a/, /n/ をあらわす3つの文字があつまって、全体として1つの文字単位を形づくっている。

4 表意文字

表意文字は、1つの文字がなんらかの意味に対応しているものである。漢字の「人」は「ヒト」という意味をあらわしているし、「雨」は「アメ」という意味をあらわしているので、漢字は代表的な表意文字である。しかし、「人」や「雨」は中国語でつかわれるときと日本語でつかわれるときとでは、それがあらわす音はことなっているし、同じ中国でもちいられる漢字でも、方言や時代によって1つの漢字があらわす音は同じではない。つまり表意文字をみてなんらかの音を対応させることはできても、その文字がどれか特定の音だけをあらわすということはないのであり、この特定の音をあらわすわけではないという点が表意文字を表音文字から区別する基本的な違いである。

表意文字は1つの意味的な単位に対応していて、この意味的な単位は単語であるのが普通だから、表意文字のことを「表語文字」とよぶこともある。現在でもつかわれている表意文字は漢字だけであるが、古代エジプト文字や古代メソポタミアのシュメール文字は、表意文字と表音文字の両方をもちいる文字体系であった。

III 文字の起源

人間が言語をつかうようになったのはおそらく今から数百万年前であるが、きちんと体系化された文字をもつようになったのはおよそ5000年前にすぎない。したがって、人間の言語の歴史からすると、文字の使用はひじょうに最近になって実現した事柄にすぎない。

文字がもちいられるようになったのは、人間の社会が複雑になって、言語によって伝達された内容を後からたしかめる必要性が生じたからであろう。文字の起源は、自然に存在する動植物などを具体的に表現した絵文字のようなものであったと考えられる。絵文字がしだいに具象性をうしなって、単純な曲線や直線の集まりとしてしるされ、それが人々の間で共通の伝達手段としてつかわれるようになったときが、本当の意味での文字の誕生である。このため、最初の文字は表意文字が中心であっただろうと考えられる。

IV 文字の系統

現在世界でつかわれている文字の起源はほぼ3つにまとめられる。中国の漢字、エジプト文字、それにメソポタミアの楔形文字である。漢字は表意文字であるが、エジプトとメソポタミアの文字は、表意文字と表音文字の両方がもちいられる文字体系であった。

1 中国の漢字

漢字は前1500年ごろに亀(カメ)の甲羅や動物の骨にきざまれた甲骨文字を起源とし、それ以来現在まで中国だけでなく日本や朝鮮半島でつかわれつづけている。中国の周辺にいた諸民族の中には、自分たちの言語を書きあらわすために漢字に似せた文字をつくったものがある。西夏文字、契丹文字、女真文字などがそれであるが、西夏文字以外は解読されておらず、またどの文字も現在ではつかわれていない。日本の仮名は漢字の字体を単純化して平安初期につくられた文字であるが、表意文字ではなく音節文字である。

2 エジプト文字

古代エジプト文字はほぼ5000年前につくられたと考えられている。約1000個の文字がつかわれていた。もっとも具象的で儀式用の神聖文字(ヒエログリフ)、その行書体である神官文字(ヒエラティック)、さらに字形が簡略化された草書体の民衆文字(デモティック)の3種類の字体が併用された。エジプト文字は、エジプト古代王朝を通じてつかわれつづけたが、のちにギリシャ文字を起源とするコプト文字にとってかわられることになる。

3 メソポタミア文字

メソポタミア文字は、5000~6000年前ぐらいにメソポタミアでつくられ、最初はシュメール語をしるすためにつかわれていたが、のちにシュメール語とは系統のことなるアッカド語やヒッタイト語にもつかわれるようになった。メソポタミア文字は、粘土板をとがった筆でけずって書かれたため、初期には具象的だったが、前1800年ぐらいまでには様式化されて楔のような字形の組み合わせになり、このため楔形文字とよばれる。

4 北セム文字

おそらくエジプト文字とメソポタミア文字の両方の影響をうけて、前20世紀から前15世紀の間ころに、シリア・パレスティナ地方でつくられたのが北セム文字である。北セム文字は1つの文字が1つの音に対応する純粋に表音的な文字で、大部分の表音文字体系はこの北セム文字を起源とする。同じセム系の言語であるアラビア語やヘブライ語を書きあらわすためのアラビア文字やヘブライ文字は東方の北セム文字を起源としている。

また西方では、フェニキア人を介してギリシャにつたわった北セム文字はギリシャ文字となり、このギリシャ文字は東方では、現在ロシア語などでつかわれているキリル文字のもとになったし、西方ではおそらくギリシャ文字の影響のもとにローマの北方でエトルリア文字がつくられ、このエトルリア文字をうけついで、現在西ヨーロッパ諸国でもちいられているラテン文字すなわちローマ字がつくられた。

古代ゲルマン民族の間では、ルーン文字とよばれる文字がつかわれていたが、これはエトルリア文字あるいはラテン文字の影響をうけてつくられたものといわれている。

北セム文字の一派であるアラム文字がインドにつたわると、デーバナーガリーなどのインド系の諸文字を生みだし、このインド系の文字からチベット、タイ、スリランカ、カンボジアなどの諸語をしるすための文字が派生した。アラム文字をもとにつくられたシリア文字は中央アジアから東アジアにつたわり、ウイグル文字、モンゴル文字、満州文字などの起源となった。

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文字
文字

もじ
writing

  

単語や音素のような言語単位に対応し,線的に配列されてその言語を表わすための,視覚的記号の体系。その体系をなすひとつひとつの記号 letter; characterも日本語では文字と呼ばれることが多い。概念や事件などを全体として表わす絵文字は言語単位に対応しないので,厳密な意味では文字でない。文字の対応する言語単位として単語,音節,音素があり,それぞれの文字を表語文字,音節文字,アルファベット (音素文字または単音文字) という。音節文字とアルファベットとを表音文字と呼び,それに対して表語文字を表意文字と呼ぶことがある。歴史的には,表語文字から音節文字が発達し,音節文字からアルファベットへ発展したということができる。非常に多数の文字が過去に用いられ,また現在も用いられているが,系統をたどればごくわずかの源流に帰着する。文字言語は音声言語に対して2次的なものではあるが,文字が語形を替える綴字発音のような現象もある。文明社会の言語生活における文字の役割はきわめて大きく,文字の普及や改革は重大な社会的問題となる。





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文字
もじ

言語を視覚的に表す記号の体系をいう。
【音声言語と文字言語】
 言語行動には,音声を素材とする〈音声言語行動〉と,文字を素材とする〈文字言語行動〉とがある。古くは,両者は十分に区別して考察されることがなかったが,両者の差異がしだいに明らかにされてからは,一般に言語あるいは言語行動という場合には主として音声言語ないしは音声言語行動をさしていうのが普通で,文字を媒介として成立する文字言語(行動)は言語の研究において第二義的な位置が与えられてきた。それは,人間の社会ではすべて音声言語行動がいとなまれているのに対して,文字言語行動をいとなまない社会があり,また文字言語行動がいとなまれている社会の中にも文字言語行動をいとなまない人々がいるからであり,さらに文字言語行動が音声言語を前提としなければ成立しえないと考えられるからである。しかし,すでに文字を用いることを知っているものにとっては,言語は,単に音声とつながる表象であるだけではなくて,同時に文字につながる表象である場合が多いので,言語行動において文字の果たす役割は大なるものがあり,また文明社会において文字の存在する意義はきわめて大きいものがある。
 音声と文字にはそれぞれ素材としての長所と短所がある。音声は身体にそなわっている諸器官の運動によって発せられるのに,文字はそれを書くための道具を必要とする。しかし,文字の発明・発達は,言語を時間・空間の制約から解放した点に最も大きな意義がみとめられる。音声は,その伝達される範囲に限りがあり,その範囲の中にいない人々には伝わらないし,また音声がすでに発せられたあとからその範囲内に入った人々もそれを聞くことができない。文字によって書かれたものは,それを移動することによって(話し手が移動する代りに),音声の伝わる範囲をこえる伝達が可能であり,したがって時間的制約もこえることになる。音声は消えてしまうものであるのに対して,文字によって書かれたものは幾度も繰り返し読むことができ,忘却の危険を避けることができる。正確さを必要とすることがらや,後になって問題とされるようなことがらが文字によって書きとめられるということで,文字の特徴が利用されている。今日では,諸種の機械の発明が音声による伝達の欠陥を補おうとしている。電話,テレビ,ラジオ,録音機などの使用がそれである。一方では,印刷技術の発達が文字の効用をさらに大きくしているのであって,その場合場合によって音声言語行動と文字言語行動がそれぞれの長所を生かしていとなまれているのである。
 文字は,このように,聴覚にうったえる音声言語行動を,視覚にうったえる伝達方法にうつしかえることによってその時間的・空間的制約をとり除く。ただし,視覚にうったえる伝達の方法は文字だけに限られるものではない。表情や身ぶり,旗などの色や動き,あるいは絵画的表現,縄などの結び目,木などの刻み目などによるさまざまな方法がある(なかには自己の記憶のための場合もある)。それらの中には〈絵文字〉とか〈結縄(けつじよう)文字〉(結縄)とか〈貝殻文字〉とかいうように何々文字と通称されているものもあるし,〈身ぶり語〉とか〈花言葉〉とかいうように,言語の一種であるかのような呼名の与えられているものもある。固有の意味における〈文字〉がこれらのさまざまな視覚にうったえる伝達方法と区別されるのは,何よりもまず,文字による表記が特定の言語の表現と緊密に結びついている点にある。言語には,音と意味の両面がある。すなわち,言語は聴覚映像と概念との結びつきによって成立している。文字は聴覚映像としての音の面だけを表したり,概念だけを表すことを目的としているものではなくて,その両者の結合した特定の言語記号を表すものである。いわゆる絵文字などが固有の意味における文字ではないというのは,それらが特定の言語における特定の概念と直接に結びついても,その言語においてその概念と結びついている特定の聴覚映像との間の関係が一定していない,言い換えれば,同じような意味を表すいろいろちがった読み方がゆるされる,ということによる。もっとも,手旗信号のように言語の音の面を旗の動き方の約束によって伝える伝達の方法もあるが,それは音声によって伝えられる範囲を空間的に拡大するにとどまり,上にみてきたような文字の性質をすべてそなえるものではない。文字が(音声)言語を表記するものであるといわれるのはこのような意味においてである。したがって,文字の分類として常識的に行われている〈表意文字〉と〈表音文字〉との別は,後にも述べるように,〈文字〉の性質を正しく表すものといえない。表意的とか表音的とかいう性質は体系としての〈文字〉についてみられるのではなくて,それぞれの体系を構成している個々の要素である〈字〉についていわれることなのである。
 文字体系を構成するこの個々の字については,〈字体〉と〈字形〉という区別が問題とされる。字は具体的な形をもって実現されるが,それは書き手のちがいにより,また同一の書き手にあっても,1回ごとに異なる形で実現される。すなわち,異なる〈字形〉をもって実現されるが,そのちがいをこえて一般には同じであると認められるのは〈字体〉を同じくしていることによる。活字の場合でも,たとえば,〈幸〉と〈紀〉,〈家〉と〈患〉とはそれぞれ形は異なるが同じ字体である。さらに,字体のちがいをこえて同じ字であると認められる場合がある。ギリシア文字の ユ(シグマ)は語末以外では σ という字体が用いられる。なお,草書,行書,楷書とか,ゴシック,イタリック,とかいうような文字体系の全体にわたる字体のちがいは〈書体〉といわれる。一方,字をその構成要素に分析して,たとえば A は,a と〈大文字化〉,という二つの要素から成るとして,それぞれを〈グラフィーム grapheme(字素)〉と呼ぶ試みもなされ,漢字の声符,義符などの構成要素もそのような扱いをしようとする試みもあるが,分析の客観的規準を見いだすのが困難で,研究の進展がみられない。
【文字言語の諸特徴】
 このように,文字は(音声)言語を目に見える形であらわす記号の体系であるといいうるが,音声言語行動のすべての面を書き表すことはないのが普通である。たとえば,日本語や英語の表記法などは高低あるいは強弱のアクセントを記していない。声調 tone が重要な役割をしているタイ語やベトナム語などの表記法ではその区別が書き表されているが,それでも文に加わるイントネーションや強調などのすべてが表記されることはない。
 また,音声言語行動と文字言語行動とではその成立する場面に大きなちがいがある。前者にあっては,表情や身ぶりが加わるし,相手の反応をみながら伝達の正確さを期することができるのに,後者にあってはそのようなことがない。したがって,文字で書く場合には当然音声言語行動とは異なるくふうが必要であり,音声言語とは別に文字言語の発達をみることになるのである。
 さらに,言語は時代とともに変遷するものであるが,文字による表記は言語の変遷に伴ってその表記法を変えていくということが困難であるので,〈音声言語〉と〈文字言語〉との差はしだいに大きくなる(ただし,いわゆる〈口語〉と〈文語〉との別はこれと一致するとはいえない。〈口語文法〉は音声言語の文法ではなくて文字言語に属する〈口語文〉の文法であった)。明治時代に行われた言文一致の運動はこのような音声言語と文字言語との間の差をちぢめようとしたものである。また,言語音とその表記法との間にずれが生ずると〈正書法orthography〉あるいは〈かなづかい〉の問題が生じ,さらに綴り字・かなづかいの改訂が要求されるようになる。この改革は大きな障害にぶつかるのが普通である。一定の字の連続がある特定の単語を表す習慣が固定すると,その単語の概念はその聴覚映像と結びつくと同時に,文字表記における字面全体の視覚表象とも結びつくものであって,個々の字を拾い読みするのではないから音との間のずれは問題にされないのが普通である。ことに音韻の変化の結果,もとは互いに異なる音の連続であった二つ(以上)の単語が同じ音連続になってしまった場合(同音異義語)に,綴り字が単語のちがいを示す役割をすることになる(例えば英語の night と knight,mail と male など)。日本での〈現代かなづかい〉に大きな反対があったのは,字面からの視覚表象とそれに結びついている語感との関係がたちきられることのきらわれたのがその理由の一つであった。
 現代かなづかいがそういう反対をおさえて実施されるようになったのは,だいたいにおいて旧かなづかいよりも容易である(現代の音韻とのずれがすくない)ためであるが,一方において障害となる問題の大部分が漢字のかげにかくれていることが注意される。漢語には同音異義語がきわめて多く,〈科学〉と〈化学〉,〈鉱業〉と〈工業〉などのように関係の近い単語の中にも音では区別されないものがあるが,文字の上ではその区別が表記されている。そして,漢語はこのような表記法だけの問題でなく,新しい単語が文字のほうから造られ,文字言語から音声言語にとり入れられるという問題をも提供している(英語においてもユネスコUNESCO とかビット bit(binary digit)とかいうように文字を媒介としての新造語も多くみられる)。また〈しょうこう(消耗)〉が〈しょうもう〉に,〈こうらん(攪乱)〉が〈かくらん〉に変わったのは,それぞれ耗の〈毛〉,攪の〈覚〉に対する音の類推によって(文字の影響によって)音が変わったと考えられている(英語などの綴り字発音 spelling pronunciation 参照)。文字言語は,したがって,音声言語を写し,その変化のあとを追っていくばかりでなく,逆に文字言語の影響によって音声言語が変化する場合のあることが知られる。
 なお,文字言語と音声言語との間に著しい差が生じても,文字言語は音声言語とは別個に存在し,まったく別の音声言語を使用する諸民族に同じように用いられる場合さえある。ヨーロッパにおける中世のラテン語,東洋の漢文,インドのサンスクリットなどは国語のちがいをこえて用いられた共通文字言語の代表的な例である。このような場合には,すでに固定した体系を正しくとらえ,それに従って正しく書くことが要求されるので,このような文字言語の研究は言語の研究における中心的課題となっていた。言語の研究史において音声言語が第一義的な対象とされるようになったのは,実は比較的新しいことだともいえるのである。
【文字の多様性】
 言語が社会習慣的に定まった記号の体系であると同様に,言語を表す文字もまたそれぞれ社会的習慣として定まった記号の体系である。ふつう,英語,フランス語,イタリア語などが同じ文字で書かれているとわれわれがいうのは,厳密にはそれぞれが体系を異にしているといわなければならぬにせよ,それぞれの体系を構成する字の大部分が字体を同じくしていることによって,漠然と同じであると感じるからである。しかし,それぞれ互いに異なる文字言語を表すのであるから,文字と言語との照応,それぞれの字の用字法は互いに異なっている。一方,日本語においては,その文字言語の表記に,漢字,ひらがな,かたかな,さらにはローマ字が用いられている。普通には,漢字とひらがなが主として用いられ,かたかなやローマ字は外国語,外来語,術語などを表したり発音の説明に用いられたりするというような違いがあるが,ともかく4種の文字が行われていることになる。漢字だけによる日本語の表記(《万葉集》などの例)は行われなくなってすでに久しいが,かなだけでもローマ字だけでも日本語は表記されうる(その場合に今まで漢字のかげにかくれていた同音異義語や漢字の字面にたよっていた単語などに問題が生ずることは,ここでは問わない)。世界にはさまざまな文字が行われており,また新しい文字を創造することも可能である。文字にはそれぞれ言語の書き表し方に違いがあり,それぞれの言語の構造の違いによって,それを書き表すのにつごうのよい文字とつごうのわるい文字とがある。いわゆる〈国字問題〉(国語国字問題)ではそれぞれの言語においてつごうのよい文字がもとめられるとは限らず,文字にそなわるその他の要因として,字の記憶の容易さとか世界における普遍性などが大きな位置を占めるのが普通である。
[字の形]  今日用いられている文字のほかに,かつて行われていた文字を含めると,文字の種類はひじょうに多く,それぞれにおける字の形や字の配列法など多種多様のものがある。古代の漢字やエジプト文字などのように,字の形の多くが物の形をかたどっているものは〈象形文字〉と呼ばれ,バビロニア,アッシリア,古代ペルシアの文字資料にみられる〈楔形(くさびがた)文字〉や,ヘブライ文字,パスパ文字などに対する〈方形文字〉の呼名はそれぞれ字の形に即して与えられたものである。ちなみに,古代エジプトの象形文字は〈ヒエログリフ hieroglyph〉と呼ばれ,それは〈聖刻文字〉ともいわれて,古代人の文字に対する神聖観のあらわれであると説かれるが,この術語は古代エジプト文字に限らず,ヒッタイト,クレタ島などの象形文字や漢字にも通用されている。
 ローマ字,ロシア文字,ギリシア文字などにはいわゆる〈大文字〉と〈小文字〉の区別があり,アラビア文字,モンゴル(蒙古)文字などには頭位形・中位形・末位形・(および独立位形)の3~4形があってそれぞれあらわれる位置によって異なる字体が用いられている。またインド系の文字では,その母音字に母音が単独で音節をなす場合の字体(独立形,摩多)と子音字(単独では特定の母音と結合した音節を表す)と結合する場合の字体(半体,体文)との区別を有するものや,子音字には他の子音字と結合する場合の別な字体を有するものなどがある。
[配列法]  字の配列の仕方についてみれば,モンゴル文字,満州文字のように縦に配列されるものと,ローマ字,ギリシア文字,アラビア文字などのように横に配列されるものとがある。漢字,かな,ハングルなどは前者の例であったが,今日では縦書き・横書きの両様がある。横書きには,さらにローマ字,ギリシア文字などのように左から右へ横書きされるものと,アラビア文字やヘブライ文字などのように右から左へ横書きされるものとがある。しかし,ギリシア文字は古くは右から左へ,左から右へと各行交互に方向を変えるいわゆる〈耕作型〉(あるいは〈牛耕式 boustrophedon〉)の書き方が行われたし,さらにさかのぼれば右から左に進む右横書きであった。縦書きか横書きかということも社会的習慣にほかならないのであり,漢字,かな,ハングルや古代エジプト文字のように縦横両様の書き方が普通に行われているものもある。ただし,ギリシア文字が右横書きから左横書きに変わった結果,ぽ がちょうど裏返しにした形の B に変わったような字体の変化が起こったし,また古代エジプトの象形文字で動物などの向きが進行方向の異なるにつれて変わっている(右横書きの場合には右に,左横書きの場合には左に向いている)ように,字の形とその配列の習慣とには密接な関係があることもある。これらに対して,字の形が縦に連なるようになっているモンゴル文字,満州文字などは横書きされることがない。
 次に行の進み方についてみると,横書きの場合にはいずれも上から下へ進むが,縦書きの場合には,漢字やかななどのように右から左へ進むのと,モンゴル文字,満州文字のように左から右へ進むのとがあり,後者は右横書きの文字の借用から縦書きに発展したためであると説明される。
 また,ローマ字,モンゴル文字などのように単語と単語との間に空間をおくいわゆる〈分ち書き〉の習慣をもっている文字がある一方,漢字,かな,インド系諸文字などにはそのような習慣がない。そのほか,固有名詞の前に空間をおくことによって敬意を表したり,あるいは行中における位置による尊敬・謙譲の意の表明など,字の配列における習慣は個々の民族によって独自のきまりがある。また〈句読(くとう)点〉と呼ばれる記号も文字によってさまざまな形がみられる。
【字の性質による分類】
 文字はこのようにその字の形や配列の仕方などに多種多様なすがたをみせているが,字とそれが表す言語の要素との関係から〈表意文字ideogram〉と〈表音文字 phonogram〉とに分け,後者をさらに〈音節文字〉と〈単音文字〉(あるいは〈音素文字〉)とに分ける分類が一般に行われてきた。しかし,すでにふれたように表意文字は音を表さずに意味だけを表し,表音文字は意味を表さずに音だけを表すというような説明は,厳密にいえば正しくない。表意文字の代表例とされる漢字は原則として1字1字が直接意味と結びついているが,同時にそれは特定の音とのつながりをもっていることを見失ってはならない。言語を異にする人々の間で漢字による筆談が成立するのはその特殊な用法にすぎないのであって,中国語を表記する漢字は中国語のそれぞれの方言における特定の音と特定の意味との両面と結びついており,日本語の中では日本語としての音と意味がそなわっている。もし概念が分析されず音を離れて書き表されるとしたら,定義上それは文字ではない。咎とか呟とか呱とかいう記号がそれであって,特定の音と結びついていないという性質によって言語の違いをこえて理解されるし,概念との結びつきが直接的であり,見た瞬間に了解されるような特徴が利用されているのである。一方において,かなやローマ字のように表音文字と呼ばれる文字は,その要素である個々の字は原則として特定の音(音節あるいは音素)と結びつき,意味とは直接のつながりがないが,文字としての機能においてはそれぞれの字の連続によって意味をもった言語を表記することが注意される。したがって今日では,文字を個々の字が表す言語の単位によって分類し,単語文字(あるいは表語文字),音節文字,音素文字とするようになっている。
[単語文字]  〈単語文字 word writing(logograph)〉は,ふつう表意文字と呼ばれるもので漢字やエジプトの象形文字の初期の段階にみられるように,個々の字が原則として単語に相当する単位を表す(表語文字)。ただし,この種の分類が原則的事実の上にだけ立つものであることは注意されなければならない。漢字の中にも〈珊瑚(さんご)〉とか〈鶺鴒(せきれい)〉などのように2字ではじめて単語に相当し,個々の字1字では意味のない例が,特に石の名や動物の名を表す字に少なからずある。それは単音節語である中国語に例外的にそれ以上意味のある単位(形態素)に分けることのできない2音節語が存在しているのに,漢字は2音節を1字で表す習慣がないからである。また,漢字の特殊な用法として,中国における漢字による外国の地名・人名の表記にみられるように,その固有の意味をはなれて音の面だけを利用する場合があるし,日本における〈万葉仮名〉などにおける漢字の表音的な用い方も同様である。
[音節文字]  〈音節文字 syllabic writing〉はかなで代表されるように,個々の字が単語の音の面を音節の単位にまで分析して書き表す。たとえば日本語の〈頭〉という単語は,かなでは〈あたま〉という3字で書かれる。音韻論的には日本語にモーラ mora(拍)という単位が認められるので,かなはモーラ文字であるともいわれる。1字はそれぞれ1モーラを表すが1モーラは1字で表されるとはかぎらない。拗音(ようおん)の場合の〈きゃ〉〈きょ〉などのように,2字で表されることがあり,また,/wa/に対する〈わ,は〉,/o/に対する〈お,を〉,/zu/に対する〈ず,づ〉などのように二つの字が同じモーラを表すのに用いられる場合もある。漢字は中国語の表記において1字が1音節を表すから単語文字であると同時に音節文字であるかにみえるが,音節文字は原則として個々の字が直接に意味と結びつかず,〈変体仮名〉のように同じ音節を表す異なる字体が用いられてもその用法が単語ごとに定まることのない自由な変種であるのに,漢字は原則として単語の違いに応じて異なる字が用いられるという点で区別される。
[音素文字]  〈音素文字 alphabetic writing〉はローマ字で代表され,日本語の〈頭〉という単語がローマ字では〈atama〉と5字で書かれるように,個々の字が単語の音を音素の単位にまで分析して表記する性質をそなえている。単音文字という名が避けられるのは,音声学的に変種の多い数多くの単音を書き分けることはないのが普通で,その表すところがそれぞれの言語における音韻論的最小単位である音素に近いからである。ただしこの1字1音素ということは字の機能についていわれることであって,実際の用字法においてはそれとかけはなれている場合が多い。言語音が変化してしまっても文字表記のほうは固定してそのまま使用される結果,音素と字との照応は乱れる。英語のローマ字表記が好例とされるように,1字がいろいろな音素を表したり,2音素の連続を表したりする一方,1音素に2文字が照応したり,さらには音と照応しない字すなわち黙字もある。
[要素の混在]  文字のこのような分類も,しかし,すべての文字がそのいずれかに分類しつくされるというわけにはいかない。ハングルは,たとえば saram(人)を〈矛霧〉と書くが,これは〈偃〉(s),〈倅〉(a),〈牟〉(r),〈倅〉(a),〈眠〉(m)のように分析され,一つ一つの字が音素と照応する音素文字であるが,字の配列においては音節の単位にまとめられて音節文字的性質をもそなえている。
 インド系の文字をデーバナーガリー文字についてみると,〈單〉(ka),〈啼〉(ta),〈喃〉(ma),〈喩〉(ya)などのように子音字はつねに母音 a を伴う音節を表す点で音節文字と認められるが,母音字に〈喇〉(a),〈喨〉(i),〈嗚〉(u),〈嗅〉(e)のような独立体のほかに〈嗟〉(´),〈嗄〉(i),〈嗜〉(u),〈嗤〉(e)のような半体があり,〈嗔〉(k´),〈嘔〉(ki),〈嗷〉(ku),〈嘖〉(ke)のような表記がみられるうえに〈嗾〉(kka),〈嗽〉(kta),〈嘛〉(ktya),〈嗹〉(kma),〈噎〉(kmya)などの結合字によって子音の連続をも書き表すので,音素文字的特性もそなえていることになる。
 また,古代エジプトの文字は,単語文字からやがて音節文字に移っていったが,その構成はきわめて複雑である。そこには,音節文字と単語文字の共存がみられるばかりでなく,漢字のいわゆる〈形声文字〉における義符にも比される種類の表意要素が混在している。子音字だけで転写される音節文字はその連結された形が二つ以上の異なる単語を示しうる場合が多く,そのあいまいさを避けるために表意要素がそえられるのである。
【文字の起源】
 日本の〈かな〉や朝鮮においてかつて用いられた〈吐(と)〉はそれぞれ別個につくられたものであるが,その起源をもとめれば漢字に由来するものであることは明らかである。多種多様の文字も互いに類似する点の多いものがあり,文字史の研究はしだいにその系譜的関係を明らかにしてきた。言語が一元であるか多元であるかの問題が多くの人の興味をひいてきたと同じように,文字の起源が一元であるか否かの問題も研究者の関心の大きな問題であった。結論から先にいえば,言語の起源の問題が解決されていないと同様にまた文字の起源が一元であるか否かも明らかにされていない。
 漢字は古来〈六書(りくしよ)〉と称して象形・指事・形声・会意・転注・仮借(かしや)の6項目でその構造が説明されており,転注と仮借は字の応用に関することで,前4項が構造の原則を示すと一般に考えられている。古くは象形と指事とによるものを〈文〉と呼び,形声と会意とによるものを〈字〉と呼んだことがあったが,象形と指事とによるものがまずつくられたものであって,いずれも絵画的な象形文字に由来する。
 ローマ字は〈ラテン・アルファベット Latinalphabet〉と称せられるように,ラテン民族によってつくりあげられた文字であるが,起源的にはロシア文字などとともにギリシア文字に由来する。ギリシア人はその文字をフェニキアの文字から借りたと信じていた。両者には字形の類似のうえに名称の類似がみられ,ギリシア語におけるアルファ,ベータなどという字母の名称(この名称からアルファベットという語がつくられた)は,ギリシア語では意味がなく,セム語によってはじめて意味をもつ(たとえばセム語族に属するヘブライ語のaleph は〈牛〉を意味し,beth は〈家〉を意味する)。したがって,ギリシア文字がセム系のフェニキアの文字を借りたものであるということはほぼ疑いがない。フェニキア文字(北西セム文字)は今日地球上に広く行われている文字の多くを派生させたものとして文字史上に大きな位置を占めるものであり,一方ギリシア文字は子音だけを表していたフェニキア文字を借り,そこに母音の表記を発達させた点に画期的な進歩がみとめられる。フェニキア文字は前13世紀にさかのぼる古資料が発見されているが,これを含むセム系の文字が系譜的にどこにつながるかということについてはいろいろむずかしい問題がある(簡単な線の組合せから成る字形の類似は偶然の類似もありうる)が,古代エジプトの象形文字にさかのぼるものであろうというのが通説となっている。
 メソポタミアで前3000年のころから前1世紀ころまでシュメール人からアッカド人にうけつがれて使われていた楔形文字は絵画的な象形文字から変化したものである。そのほかにも,前2000‐前1200年にかけてエーゲ海にさかえたクレタ文明が象形文字を残しており,シリア地方出土のヒッタイト文字には楔形文字によるもののほか前1500‐前700年と推定される象形文字がみられる。太平洋も南アメリカに近いイースター島で象形文字とおぼしいものが発見されているが,これはいまだに解読されず,あるいは単に呪術(じゆじゆつ)的目的のものにすぎないのではないかと疑われている。
 ともかく,世界の諸文字はその系譜をたどると少数の象形文字に由来するものであることが明らかにされた。したがって,文字が元来記憶のために描かれた絵(絵文字)から発達したものであろうということは当然考えられるところである。問題は絵から文字への発展が1ヵ所で起こり,それがしだいにひろまったのであろうか,あるいはそれぞれ独自に発展をみたのであろうかという点にある。しかし,文字はそれ自体ではこの問題に対する答を与えない。文字はその発達した段階においては字の形とそれによって表されるものとの間に必然的な関係が存在しないので,字の形の類似には系譜的関係の存在の可能性が含まれている。これに反して,文字の原始的段階における象形文字においては,字の形はそれがかたどるものの形との間に必然的な関係があり,字の形の類似は必ずしもただちに系譜的関係の存在の可能性を意味するものとはいえないからである。⇒象形文字
【文字の伝播と変遷】
 すでに見たように,文字はある民族から他の民族へと伝わり,あるいは字の形が変わり,あるいは字の性質が変わる。文字は言語を写すものであるから,ある言語の表記には適当であった文字も,構造の異なる他の言語の表記にはそのままで十分であるということはほとんどない。したがって,それぞれの言語に即したくふう・改訂が施され,それぞれ別個の発展をするのである。個々の文字の問題は,そのおもなものについてはそれぞれの項目において述べられているのでそれらの項に譲り,ここでは文字の系譜的関係と変遷を概観するにとどめる。
[おもな流れ]  漢字はそれにつながる漢文化とともに朝鮮,日本に,そしてベトナムに伝えられ,漢字で書かれた漢文はそれぞれの土地で異なる読み方がなされながら共通文字言語の役割を果たしている。一方において,単語文字である漢字がその意味をはなれて音節文字的に利用され,それぞれの言語を表記するようになった。日本の〈万葉仮名〉,朝鮮の〈吏読(りとう)〉がそれである。日本ではさらに万葉仮名の草体から〈ひらがな〉が,またその略体から〈かたかな〉がつくられ,音節文字としてしだいに統一され今日みられる字形をそなえるようになった。朝鮮においても〈吐〉と称せられるかたかなに類似した字形の音節文字を生み,漢文の間に挿入して用いられたが,それは〈ハングル〉の制定・普及によって消滅した。ベトナムにおいては自国語を書き表すために漢字をそのままの形で音だけを借りる(仮借)と同時に,たとえば数詞の〈三〉を意味する単語〈ba〉を表すのに〈巴〉を音符とし〈三〉を義符とする〈娃〉の字をもってするように主として形声による新しい字をつくり,まれには〈天〉と〈上〉との合成になる会意字〈樫〉のようなものをまじえて,漢字をさすところの〈チュニョオ〉に対して〈チュノム〉と呼んだ。ベトナム語は中国語と同様に孤立語的・単音節語的構造なので,ここでは漢字と同様に単語文字の段階にとどまった。ただし,この文字は字体が複雑でありローマ字による表記の普及によってしだいに行われなくなった。なお,漢字の影響を強く受けた文字に女真文字と西夏文字がある。
 楔形文字は単語文字から音節文字に進んだが,古代ペルシア語を写す楔形文字はさらに音素文字に近づきながら,アラビア文字による表記によってとってかわられた。エジプトの象形文字(エジプト文字)は,単語文字にはじまったが,その字の表す単語の最初の音を表すようになり,数多い字の中からしだいに少数の字が残されるようになったが,(古代)エジプト語は7世紀にアラビア語のために駆逐されてしまった。エジプトの象形文字につながると考えられるセム系の文字は後世の文字の発達に大きく寄与した。セム語とは東部のアッカド語,西部北方系のモアブ語,フェニキア語,ヘブライ語,アラム語,南方系のアラビア語,エチオピア語などからなる言語族に与えられた名称である。バビロニアとアッシリアでは古く楔形文字が行われていたのであるが,この言語は紀元前にアラム語に駆逐された。アラム語はヘブライ語などの多くの言語をも駆逐して,前3世紀から約1000年にわたり近東の公用語・共通文字言語として行われ,アラム文字による表記法はアジアの諸言語の表記法に大きな影響を与えたが,アラビア語のためにその勢力を奪われた。アラビア語はイスラムとともにひろまり,アラビア文字はペルシア,アフガニスタン,インド,マラヤ(マレー)など広範囲に行われ,トルコにおいても1928年にローマ字が採用されるまでアラビア文字が行われていた。エチオピア語はアフリカ東海岸に行われ,その文字は4世紀以来の碑文を残している。エジプトの象形文字はセム語族にとり入れられると,やはり単語のはじめの音節をとって音節文字とされ,さらにギリシア文字,ローマ字の音素文字へ発展した。1~2世紀ころにつくられた古代ゲルマン人の文字であるルーン文字(主としてスカンジナビア人やアングロ・サクソン人などに用いられた)やドイツ文字,ロシア文字などもこの系列に入る。また,セム系のアラム文字から派生した古代シリア文字は,縦書きのウイグル文字を生み,モンゴル文字,満州文字(満州語)へと発展する。さらに,インドの文字(インド系文字)もまたセム系文字に由来するものであって,ブラーフミー文字は古代フェニキア文字,モアブ文字に最も近い形から変化し,カローシュティー文字はアラム文字に最も近いとされている。インドでブラーフミー文字は南北両系に分かれ,北方系に属するグプタ文字から悉曇(しつたん)文字がつくられ,同じく北方系のナーガリー文字は上部横線の発達を特徴とし,今日サンスクリットのテキストに用いられている文字は,このナーガリーの転化したもので〈デーバナーガリー文字〉と呼んで,南インドに行われる〈ナンディナーガリー文字〉と区別される。今日も諸種の文字がインドに行われているほか,チベット文字(およびパスパ文字)などがインド文字に由来する一方,東南アジアのタイ,ラオス,クメール(カンボジア),ジャワやモン(およびビルマ(現ミャンマー))などの諸文字が南インド文字の系譜をひき,それぞれ独自の字体を発展させている(〈クメール文字〉〈タイ文字〉〈ビルマ文字〉〈ラオ文字〉などの項参照)。
 このように文字の伝播にはいろいろな場合があり,文字の使用を知らないところに輸入されることもあったし,日本におけるローマ字のようにすでに文字の用いられているところに新たに加わって共存する場合,ペルシアにおけるアラビア文字による楔形文字の駆逐,トルコにおけるローマ字によるアラビア文字の駆逐,ベトナムにおける同じくローマ字による漢字とチュノムの駆逐などの場合があり,一方では言語の消滅とともにその文字の使用の終わることもあったのである。新入の文字に対する在来の文字の抵抗は,その民族における識字層がすでに厚い場合や,文字につながる文化が高度に発達しているような場合には特に強いものがあるといえよう。また,文字が伝えられるのは文化の接触によるのであるが,とりわけ宗教の力は大きな要因となる。アラビア文字はイスラム教とともに広まり,インドの文字も仏教とともに伝えられた。ローマ字もまたキリスト教との関係をみなければならない。ヨーロッパにおける文字の分布はキリスト教の分派のちがいとの関係でながめられているし,東南アジアではイスラム教と仏教とキリスト教の勢力の伸展が,文字の消長の歴史に反映している。
 字体の変化は異民族間の伝播に伴って起こるとは限らず,同一民族内でも生ずる。たとえば漢字は,殷代に亀卜(きぼく)の用に供せられた亀甲や獣骨に刻まれた甲骨文の古風な字体から,殷・周代の銅器に刻まれた金文にみられる大篆(たいてん),秦の始皇帝の頌徳碑に刻まれた石文にみられるような小篆,というように字体の変遷が認められ,秦代の字体の統一を経て,隷(れい)書の発生から草書,楷(かい)書ができ,さらに行書が発達して唐代にその字体の統一が行われた。ここに,字体の変遷の要因の一つとして道具の問題がうかんでくる。草書,楷書のような字体は紙の発明普及と無関係には考えられない。古代エジプトの象形文字が〈神官文字 hieratic〉と〈民衆文字demotic〉という草書的字体を生んだのもパピルスの使用と関係がある。楔形文字の生じたのは,材料が石から粘土板にうつり,葦の茎の尖筆でつっこんで線をひくことによったのであり,ルーン文字が直線的なかど張った形をしているのは石,金属,象牙などかたい物質に刻んだためであったといわれる。また,印刷の発達と書写の能率のうえからは活字体と筆写体とが分かれた。さらに字の配列の仕方が字体の変化に影響することのあることはすでにみたとおりである。
 次に,字の性質のうえからみると,単語文字から音節文字へ,そして音素文字へという方向に変化している。しかし,そのことからただちにローマ字のような音素文字が最も進化した最もすぐれた文字であり,漢字のような単語文字は未開の文字であると断定するのは危険である。エジプトやバビロニアでは単語文字はやがて音節文字に変化したのに漢字が単語文字のまま今日に至っているのは,前者が多音節語的言語を表していたのに対して後者の表す言語が単音節語的であったということを無視することはできないであろう。単音節語的特徴をもつ言語における同音異義語の存在は純粋な音節文字あるいは音素文字による表記に困難な問題のあることも考え合わされる。文字の効用は個々の場合についてそれによって表される言語の構造との関係でも評価されなければならない。
 新しい文字の創作はこの問題にも関連がある。西アフリカのバムン文字は20世紀の初めにつくられ,アラビア文字やローマ字の存在を知りながらまったく関係のない文字をつくりあげているばかりでなく,単語文字に出発して音節文字化したという。アメリカ・インディアンのチェロキー族は19世紀に文字をつくったが,字体からみるとローマ字の大文字・小文字に似たものが多数みとめられながら,個々の字の音価は(たとえば R は[e]を,T は[i]を,Y は[gi]を表すというように)ローマ字のそれとはまるで関係のない音節を示すものである。また,中国の南西部の少数民族を教化するために,19世紀の末から線と丸の組合せで新しい音節文字が宣教師によって考案され,効果の著しいものがあることが報告された。このような新しい文字の創作は,また一方において文字史の研究および文字論における新しい観点の導入にも役だった。それらは字体こそ借りていなくても,あるいは同じような字体を用いてもまったく関係なしに用いているのであっても,文字体系の原理は既存の文字の影響を受けているということである。この文字体系の原理の伝播ということがとりあげられたとき,すでに字体の比較だけでは解決することのできない古代の文字の系譜的関係を,その観点から考察しようとする試みがある。ハングルも新字の創作として
    稔(k)→脈(k‘)
 妙(n)→粍(t)→民(t‘)
 眠(m)→務(p)→夢(p‘)
のような関係から,発音をかたどったものと説明されるのであるが,一方において,字体は異なるがその方形という形のうえの類似からパスパ文字の影響があるとされ,また前述のように音節文字的に配列される点には漢文の影響がみとめられている。⇒アルファベット∥漢字
【特殊な用途にあてられる文字】
 文字の効用はそれぞれの言語に即して考えるべきであるが,一般に単語文字あるいは音節文字では表記することが困難である言語が存在するのに対して,音素文字は,単語文字や音節文字で表記することが便利であるとみとめられる言語をも表記することができる。そこで,文字による表記の習慣のない言語を記述するような場合には,音素文字,その中でも最も広く行われているローマ字によって写すのが普通である。そのローマ字表記がその言語の表記の社会的習慣として定まるまでは,ローマ字の特殊な用法ということができよう。
 すでに文字表記の習慣のある言語についても,それがローマ字以外の文字である場合には幾つかの言語を比較対照する目的などのために固有の文字の代りにローマ字を用いる場合がある。その場合,固有の文字のつづりを離れてその言語の音をローマ字で〈表記〉する場合と,固有の文字のつづりに即してローマ字で〈転写〉(あるいは翻字)する場合とがあり,それぞれ目的に応じて長短がある。表記にあたって音声学的に表記しようとすれば,普通のローマ字では字が不足である。そこで〈音声記号〉が考案されている。それは個々の言語をこえて一般に言語音を表記する目的をもち,その使用者が特定の人々に限られている点で普通にいう文字とは性質が異なる。
 代筆などの場合には相手に書く時間を与えてゆっくり話せば普通の文字で書くことができるが,長い談話が普通の速度で行われると文字で書き写すことが不可能な場合が多い。〈速記文字〉(速記)はそのような談話の筆記のために考案されており,頻度数の高い単語や言い回しに対する記号も用意されている。しかし速記文字は筆記者が記憶のたすけに用い,筆記者によって普通の文字で書き直されるものであり,相手に読まれることを期待しない個人的色彩の強いものであるから文字ではないという意見が強い。
 盲人の用いる〈点字〉は視覚にうったえることができないために,それにかえて触覚にうったえる表記法である。その点で文字の定義からははずれるが,その表記法は,音節文字あるいは音素文字のそれとよく似た点も多い。また,やはり身体障害者である聾何(ろうあ)者が伝達の手段とする〈身ぶり語=手話(しゆわ)〉は視覚にうったえたものではあるが,文字には入らない。それはその場限りのできごとである点で音声言語に近い。しかし,その身ぶりと表される概念との間にはかなり直接的なつながりがあり,言語や文字のごとき記号の恣意(しい)性から遠いものであるから,別個の研究対象とされる。
 そのほか,文字は言語と同様に宗教的色彩をおびると神秘性が与えられて,まじないに用いられたりする。また言語芸術のうち文字言語は詩や散文の文学作品をつくりあげているが,文字は単にこれを表記するだけでなく,字の配置や選び方などによって字面からの審美性が求められることがある。文字は単に言語を視覚にうったえる方法で表すだけでなく,字の形や配列に装飾的価値が与えられる場合があり,漢字やかなにおいては芸術としての書道を生み出している。
【文字論】
 文字に対する関心は古く,その研究の歴史も浅くはない。しかし,その多くは文字史の分野に属する問題であった。中国において漢字の構成に関するすぐれた考察があったが,それも漢字の歴史的変遷につながる問題であった。すでに読むことのできなくなった文字資料の〈解読〉が多くの学者の多大な労力によって続けられてきた。文字の研究は〈碑文学〉としてあるいは〈文献学〉との関連において進められ,世界の過去および現在の文字の個別的研究およびその歴史的研究はしだいに具体的な文字に関する知識を増し,系譜的関係が明らかにされてきた。具体的な資料の収集整理が進むにつれて文字に関する一般理論の解明,すなわち〈文字論〉の確立に対する要請が高まり,従来の言語研究における文字論の軽視が問題とされるようになってきた。複雑な文字使用を行っている日本では,この問題に関心を寄せる研究者も少なくなく,その研究は大きな発展を見せるようになっている。
 なお,個々の文字の形については文中で言及されたそれぞれの項目を参照されたい。
                        三根谷 徹

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