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言語学・ゲームの結末を求めて(その13) [宗教/哲学]

生成文法
生成文法

せいせいぶんぽう
generative grammar

  

理想的な話し手・聞き手は,有限個の言語要素と有限個の規則から事実上無限の文をつくりだし,かつ理解する言語能力を有すると想定することができる。その言語能力を記述する文法,すなわち,当該言語の文法的な文をすべて,しかもそれのみを,事実上完全に列挙しうるよう明示的に定式化する仕組みをそなえた文法を生成文法という。生成とは,1つの規則に入るものすべてを列挙しうるように定式化する意味であって,実際に文を発話することとはまったく異なる概念である。たとえば2,4,8,16,…をばらばらに並べるのではなく,2n という式ですべてを規定するのがその一例。 N.チョムスキーが最初にこの理論を唱え,かつ,その仕組みの中心に変形を据えたので,その文法を生成文法,変形文法 (変換文法) などの名で呼ぶのが普通となっている。ただし,厳密には生成と変形は抱合せ概念ではなく,非生成的変形文法,非変形的生成文法もありうるため,チョムスキーの文法は,より厳密には変形生成文法という。





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生成文法
せいせいぶんぽう generative grammar

1950年代中ごろにアメリカの言語学者 N. チョムスキーが提唱し,以後,各国の多くの研究者の支持を集めている,文法の考え方。文法とは,〈その言語の文(文法的に正しい文)をすべて,かつそれだけをつくり出す(しかも,各文の有する文法的な性質を示す構造を添えてつくり出す)ような仕組み[=規則の体系]〉であるとし,その構築を目標とする。この〈(過不足なく)つくり出す〉ことを〈生成する generate〉といい,上のようにとらえた文法を〈生成文法〉という。有限個の規則によって無数の文を演繹的に生成しようというわけである。永い文法研究の歴史の中で,この発想はまことに斬新で画期的なものであり,以下に概観するその具体的な枠組みとともに,やがて多くの研究者の依拠するところとなり,これによって文法とくにシンタクスの研究は急速に深さと精緻さとを増して真に科学といえる段階を迎えたといってよい。最初期には意味を捨象して文の形だけに注目していたが,その後,意味と音を併せ備えたものとしての文の生成をめざすようになり,普通にいう文法(シンタクス,形態論)のほかに意味論や音韻論も含めた包括的な体系を(しかもチョムスキーらは,言語使用者がそれを,自覚はしていなくとも〈知識〉(心理的実在)として備えていると見,その〈知識〉と〈それに関する理論〉の両義で)〈生成文法(理論)〉と呼んでいる。意味論や音韻論においても新生面を開いてきた。
 その体系の実際の枠組みとしては,これまで幾通りかのものが提唱されてきたが,最初期のものを除いて,いずれもおおむね次のような点では共通である。すなわち,(1)一つの文に対して,その意味・文法的性質(単語間の前後関係・階層関係等)・音をそれぞれフォーマルにあらわした各種の表示(構造)を想定する,(2)とくに,このうち文法的性質に関する表示(〈句構造〉という姿をとる。その詳細は〈シンタクス〉の項参照)は,一般に,一つの文に対して複数個想定する必要がある,という考え方に立つ。そして,(a)これら各表示に関して各単語が有する固有の性質についての記述(つまり各単語の意味,文法的性質,音の記述。辞書に相当するもの),(b)各表示の形を規定する機能を果たす諸規則,(c)一つの文の有する各表示の間の対応をつける機能を果たす諸規則,などを適切に連動させることで,結果として(演繹的に),文法的に正しい文だけが各表示を備えて(したがって意味も音も備えて)生成されるようにする,という次第である。(a)の記述や(b)(c)の規則などは,その解釈に寸分も不明瞭な余地を許さぬよう明示的に,すなわちあたかも数式のようなフォーマルな方法で(しかも(b)(c)はなるべく一般性の高い形で)記述・適用され,その体系が生成文法(以下,単に文法という)をなすわけである。なお(c)のうち,とくに〈句構造〉相互間の対応をつける一定の性質を備えた規則は〈変形(変換)transformation〉と呼ばれ,これが盛んに用いられてきた。このため,〈変形(変換)文法理論〉という語が〈生成文法理論〉とおおむね同義のように使われてきたが(また〈変形生成文法理論〉とも呼ばれてきたが),近年では変形の果たす役割を相対的に軽くした枠組みや,変形を用いない(前記(2)を採らない)枠組みも提唱されるにいたっている。
 以上のようにして個々の言語の文法の構築をめざすだけでなく,言語一般(各言語の文法一般)の性質や,さらには幼児の言語習得との関連を問題にしようとする点も,この理論の大きな特徴である。上の(a)(b)(c)などは,その具体的な形こそ言語によってかなり異なるものの,抽象度の高い観点からそのありようをとらえ直してみると,実は言語一般に共通して認められるのではないかと思われる性質も多々浮かび上がってくる(そもそも,上で概括的に紹介した文法全体の枠組みも,各言語に共通なものとして提唱されてきたものである)。言いかえれば,〈どの言語の文法であれ,およそ人類の言語の文法である以上は備えている普遍的な性質(条件)〉というものが(抽象度の高い観点をとれば)存するはずであり,それらを明らかにする〈一般言語理論〉を構築するという大きな目標をも併せて標榜するのである。さらに,幼児は,そうした言語の普遍的な条件に相当するものを含んだ〈言語習得機構〉を(その内部を自覚してはいないものの)先天的に備えており,だからこそ,自分の置かれた環境で使われている言語が何であれ,その文法をかなり容易に習得してその言語を使いこなせるようになるのだ,という見通しに立って,言語習得にも関心を向ける。これらの観点を加えることで,個々の言語の文法の研究が深まる点も,また多いのである。
 このように目標を高め観点を深めるにつれて,新たな研究課題も相次いで生まれ,今日も,各言語(とくに英語が盛ん)および言語一般に関して,生成文法理論に拠った研究は日進月歩の趣で進展を続け,現代言語学の大きな潮流となっている。研究史の上で,この理論は,従来の構造言語学(アメリカ)の理論的な行詰りを打開すべく誕生したものと位置づけることもできるが,単にそれだけではなく,以上に概観したような著しい諸特徴と研究状況から,実に言語研究史上の一大革命とも評すべきものである。日本語については,伝統的な方法の文法研究もなお根強いが,生成文法理論に拠るものもしだいに伸長してきている。⇒シンタクス∥文法                菊地 康人

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生成言語理論
I プロローグ

生成言語理論 せいせいげんごりろん Generative Linguistics アメリカの言語学者チョムスキーによって提唱された言語理論。生成言語理論の前提には、人間は生まれながらにして、どんな言語であってもそれを習得するための仕組みを脳の中にもっているはずだという考えがある。そして、そのような言語習得の仕組みの内容は、すべての言語に普遍的にあてはまると仮定する。生成言語理論では、人間のもつ言語の仕組み全体を「文法」とよんでおり、すべての言語のもつ普遍的な特徴は「普遍文法」とよばれる。普遍文法を明らかにすることが、生成言語理論の目標である。

なお、チョムスキーの生成文法(generative grammar)あるいは変形生成文法(transformational generative grammar)とよばれる言語理論は、この生成言語理論の中核をなす考え方である。

II 深層構造と表層構造

生成言語理論では、言語とは文法的な文の集合とみなされている。この理論のもっとも特徴的な点は、文の文法性を説明するために、文に関して「深層構造(D構造)」と「表層構造(S構造)」という2つの構造を区別することである。深層構造とは、文を構成する単語の意味的な特性などを反映する抽象的な文構造であり、表層構造とは、実際に話される文に近い性質をもつ文構造である。そして、深層構造から表層構造をみちびきだすための働きをするのが「変形規則」とよばれる規則の体系である。

深層構造、表層構造、変形規則という考えは、それまでの言語学にない新しいものであったため、チョムスキーの言語理論は言語学に革命的な転換をもたらすものだといわれた。音韻論の分野でもこのような理論を適用する試みがなされ、「生成音韻論」とよばれる分野をつくっている。現在では、深層構造や表層構造の性質をきめる働きをする原理や規則の体系という新しい考えがとりいれられたため、変形規則の重要性が以前にくらべて小さくなるなど、理論的にはかなりめまぐるしい変貌をとげている。

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N.チョムスキー
チョムスキー

チョムスキー
Chomsky,(Avram) Noam

[生] 1928.12.7. フィラデルフィア

  

アメリカの言語学者。ペンシルバニア大学,ハーバード大学で言語学を学ぶ。 1961年以降マサチューセッツ工科大学正教授。『文法の構造』 Syntactic Structures (1957) をはじめとする著書や論文で画期的な文法理論を展開し,変形生成文法と呼ばれるその理論はいまや言語学の一大潮流となっている。主著『文法理論の諸相』 Aspects of the Theory of Syntax (65) ,『デカルト派言語学』 Cartesian Linguistics (66) ,『生成文法理論の諸問題』 Topics in the Theory of Generative Grammar (66) ,『言語と精神』 Language and Mind (68) など。反体制的政治活動家としても著名。 (→生成文法 , 変形文法 )  





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チョムスキー 1928‐
Noam Chomsky

アメリカの言語学者,思想家。言語学史上の一大革命ともいうべき〈生成文法理論〉の提唱者。数学,哲学,心理学や政治・社会問題に関しても,注目すべき所論がある。マサチューセッツ工科大学(MIT)教授。
 フィラデルフィアの生れ。ペンシルベニア大学で言語学を専攻,とくにシンタクスへの関心を高め,《言語理論の論理構造》(1955),《文法の構造》(1957)を著して,斬新な〈生成文法〉の考え方を唱えた。すなわち,文法とは〈その言語の文をすべて,かつそれだけをつくり出す(生成する)ような規則の体系〉であるとし,その構築を目ざそうというもので,彼自身,まず英語を例に,あたかも数式のようなフォーマルな規則(〈変形〉と呼ぶ規則など)を多数掲げて見せた。やがてこれに刺激されて同様の方法に拠る研究を競う者が漸増,この間,彼自身も〈意味論や音韻論も含めた総合的な体系としての文法の構築〉〈各言語の文法に普遍的な性質の究明〉などいっそう高い目標を追加し,また体系の具体的な枠組みの発展的修正を自ら次々と提唱して,たえずこの理論を導き,研究の質も著しく深まって,今日ではすでに言語学の一大潮流となっている。この方面の専門書には,前掲2書のほか《文法理論の諸相》(1965),《統率と束縛》(1981)などがある。
 また彼は,この理論の初期の頃,その具体的な方針を検討することとの関連において,文法の数学的モデルを幾通りか立て,それらの純粋に数学上の見地からの研究も併せて行った。プログラム言語との関連やオートマトンとの対応を浮かび上がらせたその興味深い成果は,数学者の注目するところとなり,これを端緒に人工言語に関する数学上の研究が発展,〈形式言語理論〉などと呼ばれて数学の一分野をなすにいたっている。つまり彼はこの分野の創始者でもあるわけだが,彼にとっては,こうした研究の主旨は〈いやしくも人間の言語の文法を構築するには,マルコフ過程などの単純なモデルでは不適切で,“変形”が必要だ〉と論証することにあったようで,そののち彼自身はこの方面から離れている。
 さて,生成文法理論は前述のようにフォーマルな規則を用いるため,やはり〈数学的〉と評されることがあるが,こちらは(上の形式言語理論とは異なり)あくまでも人間の言語に関する経験科学(つまり言語学)である。しかも彼は,そうした規則の体系としての文法――有限個の規則から無限個の文を生成し得る〈創造的〉な仕組み――は,単なる理論上の仮構ではなく,実際に言語使用者の〈知識〉として(自覚はされていなくとも)心理的に実在すると考え(併せて,従来の機械的な〈構造言語学〉への批判にも及ぶ),人間は,幼児期にこの文法の〈知識〉を形成し得るような〈生得的言語能力〉を備えていると見る。というのも,各言語は表面的な語順等こそ違うものの,それぞれの文法を十分にフォーマライズし,さらに抽象度の高い観点を加えて究明すると,思いのほか興味深い共通点が見いだされるのであり,〈およそ人類の言語の文法である以上は,どの言語の文法も備えている普遍的な性質(法則性)〉というものが存すると思われる。そうした性質を幼児は生得的に承知しているに違いない(だからこそ,複雑な文法を容易に習得できるのだ)というわけである。もちろん文法の形成には,生得的能力のほかに,幼児期に周囲の人の言語に接する経験も必要だが,後者だけで十分だとする論には従えないという趣旨で,哲学者らによる伝統的な〈合理論(理性論)〉対〈経験論〉の論議については前者を支持する。以上のように,言語には創造性と法則性の両面が認められるが,彼はさらに,言語に限らず,人間の各種の認知(パターン認識や芸術の創造等々)の研究においても,同様に,まず各種の認知体系(文法にあたるもの)それ自体を究明し,さらにその体系の習得(形成)の過程やそれを可能にする背後の生得的認知能力(これにはさらに生理学的な基礎があろう)を探り,併せてそれら各種の認知体系(文法も含めて)の間の相互作用を明らかにする,という方針に立った自然科学的な方法を採るべきだと提案する。こうして,種(しゆ)としての人間――その精神の創造性と法則性――を究明しようというわけで,言語学も〈認知心理学〉の一分野,ひいては〈人間科学〉(人間性の科学)の一分野と位置づける。それとともに,認知体系それ自体を問わずに刺激と反応だけを問題にする〈行動主義〉の方法を批判する。このように彼の論は言語学のみならず,いわゆる哲学,心理学にも及び,これら諸学(のうち少なくともある部分)を〈人間科学〉として統合樹立すべしとの構想のようである。しかも,以上の諸主張を,彼は哲学上の主義などとしてではなく,あくまでもその説明力を実際に検証すべき科学上の仮説として提出するのであり,科学への指向はたいそう強い。と同時に,人間の科学形成能力そのものも,人間の生得的認知能力の枠内にとどまるのだとして,その特質・限界にも注意を向ける。生成文法理論を中心に,哲学,心理学にも踏み込んだ著作には,《言語と精神》(1968),《言語論》(1975)などがある(前者は比較的平易な啓蒙書)。
 上のような見方を踏まえて,彼はまた,人間(民衆)の自由な創造性が最大限に発揮されるような世界を理想とする世界観に立ち,政治・社会問題に関しても,平和・人権を擁護する趣旨の著作を多数発表してきた。特に,ベトナム戦争に象徴されるようなアメリカの自己中心的な〈力の政策〉とその担い手である官僚の姿勢を強く批判,さらに,これを助ける役割を果たしてきた知識人の責任をも論じる。同戦争当時は自ら反戦活動に参加し逮捕された経験ももつが,立論自体はきわめて実証的で,イデオロギーには偏せず,共産圏の官僚主義への批判も鋭い。言語学,哲学や政治・社会の諸問題に触れつつ世界観を示した講演の記録に《知識と自由》(1971)がある。
 以上のように多方面にわたるチョムスキーの業績を,あえてその共通項を探りつつ総観するならば,結局のところ,人間性あるいは人間の尊厳を尊ぶ姿勢(そして,一方では人間の能力の限界にも留意しつつ,その人間性の何たるかを精一杯科学しようとする態度)のすぐれて強い,良識ある天才のイメージが浮かび上がってくるように思われる。彼が各方面で批判の対象としてきたものを,〈経験論〉〈行動主義〉〈構造言語学〉〈マルコフ過程の文法モデル〉〈力の政策〉〈官僚主義〉と列挙してみても,批判の背後に,人間の尊厳への彼の思いの深さを見いだすことができよう。⇒生成文法                      菊地 康人

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チョムスキー,N.
I プロローグ

チョムスキー Noam Chomsky 1928~ アメリカの言語学者、教育者。生成言語理論の中核をなす生成文法の創始者で、この文法体系によって言語学に革命をひきおこした。

チョムスキーは、言語は人間の生得的能力の産物だと考える。彼の言語分析の方法によると、実際にはつかわれない抽象的な文から出発し、その文に対して一連の統語規制(文を構成する語と語の関係)をあてはめることにより、実際につかわれる形に近い文がつくりだされる。この文に音韻規則を適用すると、最終的に話される文が決定する。

II 認知革命

彼は言語学にとどまらず、心理学や医学の領域にも目をむけ、生得的能力をふくむ認知能力を明らかにして、いわゆる「認知革命」をまきおこした。その影響は心理学をはじめ情報理論、コンピューターの人工言語に大きな影響をおよぼしている(→ 認知心理学)。

チョムスキーは1955年にマサチューセッツ工科大学にうつり、教師・著述家としてだけでなく、アメリカのベトナム戦争にはっきり反対する人物としても知られるようになった。以後、ニカラグア問題、湾岸戦争、イスラエル支援などアメリカの政策を一貫して批判し、2001年9月の同時多発テロ後は、「アメリカこそ巧妙なテロ国家」と主張してあらためて注目されている。

III 主要な著作

言語学での主要な著作としては、「文法の構造」(1957)、「文法理論の諸相」(1965)、「英語の音型」(1968、ハレと共著)、「言語と精神」(1968)、「文法理論の論理構造」「言語論」(1975)、「ことばと認識」(1980)などがある。「言語と責任」(1979)は、言語と政治をむすびつけた著作である。一方、政治的な著作として「アメリカン・パワーと新官僚」(1967)、「アメリカの『人道的』軍事主義―コソボの教訓」(1999)などがあり、講演やマスコミをとおしての発言をまとめた本も多数刊行されている。

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形式言語
形式言語
けいしきげんご formal language

【言語の形式化】
人間の言語能力は,問題を解決するときの推理,推論や,社会的な連携のためのコミュニケーションの底流をなすものである。事実,われわれは数字と演算記号を援用して計算をし,文字と記号によって三段論法などの推論を記述し,かつ,音韻を連ねて音声を発し,字を並べて文をつづっている。これらの行為は,いずれも言語能力に基づく思考のプロセスの現れである。ただし,ここで人が産出する音韻,文字,記号の列は言語そのものではなく,言語はもっと抽象的なものであることに留意しなくてはならない。
 数学,論理学,および言語学の分野では,それぞれの基礎理論のために,このような思考のプロセスのモデル化が行われており,計算,推論,言語生成のすべてを統合する抽象モデルとして形式システム formal system と呼ばれる記号体系が構築されている。そのなかで,とくに言語の生成に関心をもつ分野で定義された体系が形式言語である。
形式言語は形式化の産物であって,人間の言語の生成過程の説明はするが,人間自体が語る言語ではない。人間が語る言語は,これに対比させて自然言語と呼ばれる。形式言語は字句通りに形式的に定義されるから,本質的に機械になじむ。その理由で,人工の言語であるプログラミング言語に深く関わることになる。
自然言語の分析に関する学問には,音素とその結合を扱う音韻論 phonology,音素結合あるいは語の形態を論ずる語形論 morphology,文の構成規則を明らかにする構文論 syntax,および文の意味を扱う意味論 semantics がある。これらのうち,構文論の分野で1956年ころ,アメリカの言語学者チョムスキーが構文規則に対して数学モデルを与えたことにより,言語が厳密に形式化されるにいたった。この数学モデルは生成文法ともいわれ,人間の言語生成能力を,国語によらず統合的に説明するものとして注目を集め,以来,数学的文法論を展開する形式言語理論の研究が盛んになった。
 またその直後にプログラム言語 ALGOL 60が上記の文法を用いて形式言語として記述されたことにより,形式言語理論がプログラミングに強く関わることの認識が高まって,コンパイラ等の諸々の言語処理の問題が科学,工学の対象とされ,組織的なソフトウェア技術の開発へつながるようになった。
【形式言語の生成】
言語を形式的に扱うために,まずいくつかの文字を用意する。これらの文字は相互に区別ができ,またそれらの種類も区別ができるが,文字の個々はなんらの意味ももたないものとする。文字の集合をアルファベットと呼んでΣで表す。Σに属する文字を有限個並べたものを,Σの上の語(または文)という。Σ={a,b}なら,a,b,aa,ba,aba 等は語である。どの語も意味をもたない。形式言語(以下言語という)とは,Σの上の語の集合のことである。
 Σの上の語で,長さ(文字の数)が1のものの全ての集合を L1と書く。同じように L2,L3,…,Li 等を定義することができる。そこで,これらの集合の全ての和集合をΣ*で表す。Σ*は,Σの上の語の全集合で,理論の上では長さが0の語(空系列)も含まれる。
 Σ*からいくつかの部分集合を取り出して,それらを Lx,Ly,Lz,……と表すことにしよう。これらは語の集合であるから,いずれも言語である。したがって,Σの上で定義される言語の集合 L は,Σ*の部分集合の集合(族)のことで,この集合の密度は自然数の集合のそれを超える。L のある要素 Lx の任意の要素(語)を生成する規則が,Lx の形式文法(以下文法という)である。
 言語を生成するシステムの例として,準シューシステム semi-Thue system と呼ばれる形成システムを示しておこう。このシステムは記号論理の推論系を形式化したもので,3項組 T=(Σ,Ρ,α)で与えられる。ここに,αは公理といわれる一つの語,Ρはプロダクションと呼ばれる推論規則の集合,Σは公理とプロダクションに現れる文字の集合,つまり T のアルファベットである。実例を作ってみよう。Σ={S,Np,Vp,A,N,V,the,a,father,mother,doll,toy,makes}(the,a,father等の英語の単語は,それぞれ一つの概念を表す単一の記号とみなされる),α=S とし,プロダクションΡは次の推論規則からなりたつものとする。ここに規則 x→u は,x が u に書き換えられることを意味し,書き換え規則ともいわれる。いまの場合 x は単一の記号,u は記号列とする。(1)S→NpVp,(2)Np→AN,(3)Vp→VNp,(4)A→the,(5)A→a,(6)N→father,(7)N→mother,(8)N→toy,(9)N→doll,(10)V→makes,(11)V→eats。いま,公理 S に(1)(2)(3)(2)をこの順にほどこすと語ANVAN が得られる。ついで,これに(4)(6)(10)(5)(8)を左から順に適用すると語(具体的には英語の文)the father makes a toy が導かれる。この語には,もはやどの規則も適用できない。一般に形式システムでは,推論規則によって公理から定理が導出されるという。導出される定理のうち,どの規則も適用できないものを終端定理と呼ぶ。なお,この例のシステムが生成する終端定理には意味上不適切なものがあるが,その検討は意味論にゆだねられる。
【句構造文法 phrase structure grammar】
前節の例のアルファベットにおいて,S を文,Np,Vp を句,A,N,V を単語,他を文字という自然言語の概念にそれぞれ対応させてみると,形式システムの記号に,種別の差異を与えることによって,高位概念から具体的な文が生成されるプロセスを説明するためのシステムが構成できることに気づく。この目的で提案されたチョムスキーの句構造文法は,形式的に G=(VN,VT,P,S)という4項組で表される。Ρはいままで通りプロダクションを表し,S は公理に相当して開始記号と呼ばれる。VN,VT は記号の集合であり,前者に属する記号は非終端記号と呼ばれて書き換えの対象となる。後者に属する記号は終端記号と呼ばれ,書き換えの対象にならない。VN,VT の要素と S とでG のアルファベットΣが構成される。VT の要素を有限個並べたものを語(または文)という。G によって導出される語の集合を,G が生成する言語という。
【文法のチョムスキー階層】
文法は,それが生成する言語に基づいて,次のように階層分けされる。
[正規文法] A,B を非終端記号,x を終端記号の系列とするとき,書き換え規則の形が A→xBか A→x であるとき,語は左から右へ線形に生成されていく。この文法を右線形文法という。規則の形が A→Bx か A→x のときはその逆で,この文法は左線形文法といわれる。右および左線形文法を合わせて正規文法 regular grammar,あるいは3型文法といい,これによって生成される言語を正規言語,あるいは3型言語という。この型の言語の構造は最も単純で,有限オートマトンによって識別される。自然言語では,単語の水準の記号系列がこの構造をもつ。
[文脈自由文法] 非終端記号 A,Σの有限個の要素からなる記号系列を u とする。すべての書き換え規則の左辺が単一記号で A→u の形をしていれば,つまり,ある記号列の中に A があるとき,その左右の記号列(文脈)に無関係にその書き換えが許されれば,この文法を文脈自由文法context free grammar,または2型文法という。この文法で生成される言語は文脈自由言語,あるいは2型言語といわれる。たとえば,VN={A,S},VT={0,1}として,Ρは規則(1)S→OA1,(2)A→OA1,(3)A→εよりなるとする。ここにεは空記号で,これを用いる規則は消去を意味する。(1)を1回,つづいて(2)を2回用いたのち(3)を用いると,語000111が得られる。この文法が導出する語では0と1が同じ数だけあい続く。この言語の構造は((…()…))で表される入れ子構造である。文脈自由言語はプッシュダウンオートマトンによって識別され,その族は,正規言語の族を真に含む。
[文脈規定文法] Σの有限個の要素からなる2つの記号系列を u,v とするとき,書き換え規則の形が u→v で,しかも v の長さがつねに u の長さ以上であるとき,この文法をさ文脈規定文法context sensitive grammar,あるいは1型文法という。この文法では AB→CD のような,つまり記号の並び方に規定された書き換えが行われる。この文法で生成される言語は文脈規定言語,あるいは1型言語といわれ,線形拘束オートマンによって識別される。もし,文脈自由形文法で記号の消去を禁止すれば,生成される言語の族は文脈規定言語の族に真に含まれる。
[無制限文法] 書き換え規則に対してどんな制約もおかない文法を無制限文法 unrestrictedgrammar,あるいは0型文法という。この文法で生成される言語は無制限言語,あるいは0型言語といわれ,チューリング機械によって識別される。この言語の族は,前述の全ての言語の族を含む。その意味で,無制限文法(言語)のことを句構造文法(言語)という。なお,正規文法は単語に対応する非終端記号はもつが,句に対応する記号はもたない。その理由で,正規文法を有限状態文法ということがある。
【言語の深層構造】
形式文法は,言語の,刺激としての表層を生成する深層構造であり,これによって言語を創造する能力が説明されるとするのが,チョムスキー学派の考えである。深層構造は表層がもつ意味に対応できなくてはならない。そのため,チョムスキーは句構造に対する変形文法理論を展開した。この学派は,言語能力は学習によって獲得されるのではなく,生得的なものであると主張する。したがってこの学派の理論は理性主義に立つといえる。⇒オートマトン∥記号∥言語      福村 晃夫

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言語獲得
言語獲得
げんごかくとく language acquisition 

言語の構造(文法)を調べることにより,人間は自らの脳の構造を調べることができると主張したのはチョムスキーであった。単に文法を説明的に記述するのと異なり,膨大な(理論的には無数の)数の文を生成できるような,わずかな数の規則を見出すこと,その規則の集合をさらにできるだけ単純で抽象的な,あらゆる言語の基本になるような構造に収束させ記述することが,生成文法理論の目標である。最終的に導き出された構造は,その美しい単純さと言語普遍性とにより,人間の脳の生物学的レベルにおける何らかの基本的な構造と一致するはずだと考えられている。しかしそうした構造の記述は,たしかに大人になったある時点の人間の脳の構造を表現しうるかもしれないが,不十分である。最終状態のみならず初期状態や発達の過程の解明が重要なのは,実は最終状態の記述にとってそれらが本質的に重要な情報であるからだ。初期状態は言語の規則の欠如した白紙状態と見るか否か,言語発達において環境からの情報は影響を与えるか否か,といった問題は,脳の構造の記述にとどまらず,人間と環境との関係を見る視点をも180度転換しかねない。こうした意味で,言語獲得の問題は認知科学において独自の地位を占めている。
 言語獲得においては,近年二つの重要問題が常に関心を集めている。一つは,〈子どもはどうやって膨大な数の文を発話する能力を得るのか〉という問題である。ピンカー S. Pinker は,文を作るという能力はヒトという種に生得的に備わっており,発達の途上で経験から取り入れる情報はわずかであると考えている。幼児に《スター・ウォーズ》に出てきたジャッバの人形を見せて,〈AskJabba if the boy who is unhappy is watchingMickey Mouse.〉(つまんないなと思っている男の子がミッキーマウスを見ているかどうか,ジャッバに聞いてごらん)と尋ねる実験をピンカーは紹介している。子どもたちは喜んでジャッバに尋ねた(すなわち疑問文を作った)が,最初に来た is を先頭に持ってくるという単純な方法に頼って〈Is theboy who unhappy is watching Micky Mouse?〉という非文法的な文を作った子どもは一人もいなかった。これは,子どもたちは初めて聞く文でもちゃんと文の句構造を探り出し,〈the boy who isunhappy〉をひとまとまりの句として意識し,この名詞句のあとにくる is を文頭に持ってくるというルールを使っているからである。主句のなかに助動詞がもう一つ埋め込まれているような複雑な疑問文を親が子どもに言っているとは思えないので,こうしたルールは経験から学んだとは考えられない,とピンカーは述べている。実際,子どもの平均発話長が4(子どもが平均4語からなる文をしゃべること)になっても,その子どもに対して大人が埋め込み文を一つ含む文を話す割合は10.6,埋め込み文を二つも含む文を話す割合は0.5に過ぎないとされる。経験から学べそうもないのだとしたら,こうしたルールは生得的としか考えられないことになる。
 言語獲得における二つめの重要問題は,〈子どもはどうやって大人が意図している語の意味を知るのか〉である。母親がウサギの頭をなでて,〈うさぎさんよ〉と言う場面を子どもが目撃したとしよう。子どもが〈ウサギ〉という事物に〈うさぎさん〉という名称を付与するのは自明であると大人は感ずる。たしかに子どももまさにそのように解釈し,〈うさぎさん〉を目前のウサギのみならず他のウサギ一般にもすぐさま適用し,素早く語彙を身につけていくように見える。しかし語と事物との関係の複雑さを考えると,この過程は実は当たり前には見えなくなる。子どもは〈うさぎさん〉という音声シラブルをなぜ〈白い〉〈ふわふわした毛のある〉〈柔らかい〉などという属性の意味の語と考えないのか。あるいは〈うさぎさん〉とは母親がなでている頭の部分のことだとか,なでている動作を指す,あるいは〈しばらく前に小学校のウサギ小屋で生まれたウサギ〉などと考えないのか。子どもはこうしたさまざまの(理論的には無数の)隘路に入り込むことなくたった一つの正しい解釈〈うさぎさんとは,目の前にいる(そのいかなる部分でなく全体が属する)タイプの動物全般を指すカテゴリーの名称である〉に素早く到ることができる。これはマークマン E. Markman によれば,子どもは語彙獲得に役立ついくつかの〈制約〉を脳に備えているからである。たとえばマークマンは,名前を知らない事物(肺の絵)について,その部分名称(気管支)を教えられても,名前を知らない事物全体(肺)の名称だと子どもは誤解することを示した。これは,子どもは語と事物とを示されたとき,語を事物全体の名称と考える制約を使うことの証拠とされる。
生成文法理論においても,制約理論においても,子どもはもともといくつかの規則・原理を持って生まれてくるから言語獲得が可能なのだ,という生得性の主張(その強弱は研究者により多様だが)がその根幹にある。これに対し,言語獲得は基本的に子どもと大人の社会的相互作用によって獲得される,と主張する立場がある。子どもに向けられた大人の発話は,音声の特徴,語彙の選択,文法構造,話題の選択に特別の特徴を持っており,子どもが注意を向けやすく,理解しやすい構造を持っているという主張がスノー C. Snow らによってさまざまに展開されている。幼い子どもに向けられた発話は高いピッチではっきりした正確な発音で行われ,文は短く単純であることが多い。またこうした特徴を持つ発話に,子どもは特別に注意を向けやすいことも示されている。また従来は,親は子どもが文法的な間違い,たとえば〈Draw a boot paper.〉と言っても直さず,あなたの言い方は間違っている,というような情報(否定証拠と呼ばれる)を与えないとされていた。しかし,コンピューターでデータベースを解析するという手法により厳密に発話データを分析した結果,実は親は子どもの非文法的発話の直後に〈Draw aboot on the paper.〉と正しい文に言い直しをして返していたことなどが突き止められつつある。語の意味の推測においても,生得的な制約を利用するのみならず,親子が共同である事象に注意することや,さまざまの環境から得られる手がかりを活用していることが解明されつつある。生得的能力と環境からの入力がいかに複雑に絡み合い言語獲得が行われるかという相互作用の視点が,今後さらに重要性を増すと予想される。⇒生成文法                      小林 春美

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変形文法
変形文法

へんけいぶんぽう
transformational grammar

  

文法記述に変形操作を不可欠なものとして含む文法の意。変形の考えは,Z.ハリスが早く提唱しているが,特に断らないかぎり,一般に変形文法といって N.チョムスキーによって提唱された「変形生成文法」をさす。自然言語に内在する規則性を規定するためには,文の表層構造だけの記述では不十分で,基本的な文法関係を指定する抽象的な深層構造,およびその両者を結びつけるための変形規則が必要であるとする文法論。変形は,たとえば平叙文と質問文,能動文と受動文との間にみられる構造上の関係を,共通の基底記号列から導く役割をもつもので,構造記述と構造変化によって定義される構造依存的な性質をもっている。変形はまた変換とも呼ばれる。





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