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現象主義の流れ(3) [宗教/哲学]

現象主義の流れ(3)
現象
現象
げんしょう phenomenon∥appearance

一般に事象がわれわれに対して現れている姿を言うが,この現象については古来対立する二つの考え方がある。一つは,時空間的に制約されることのない本体(noumenon)あるいは本質を想定し,それが時空界に現れた姿を現象と考える。カントの現象概念がその典型であり,彼は物のそれ自体における姿つまり物自体と,われわれの感性にとってのその現れつまり現象とを区別し,われわれ有限な人間には物自体は認識不可能であり(不可知論),認識可能なのは現象界だけだと考えた。
 それに対して,現象の背後にそうした不可知な本体を想定することは無意味であり,本質とは現象そのもののうちに認められる可知的連関にほかならないとする考え方がある。カントの二元論を乗り越え,精神が己を外化しつつ発展してゆく過程――現象する精神――をそのまま記述し,そこに弁証法的図式を読みとろうとするヘーゲルの《精神現象学》における現象概念もそれである。一般に実証科学は現象のそうした合理的連関をとらえようとするものであるが,実証主義を徹底しようとするマッハなどは,近代物理学の基本概念の一つである因果概念でさえも物体間の力の授受という実証不可能な関係を想定する形而上学的概念だとして退け,あくまで現象相互間の関数関係の記述だけに終始しようとする〈現象学的物理学〉を提唱した。その立場は〈現象主義〉ともよばれる。フッサールの〈現象学〉も,〈還元〉という方法的操作をおこなった上でのことであるが,意識現象の記述を目ざす。といっても,流れ過ぎる個々の意識現象をではなく,それらの現象のそなえている本質構造を記述するのである。ここでも,現象とは何ものかの現れとしてではなく,それ自体のうちに記述可能な本質構造をそなえたものと考えられている。今日ではこのような意味での現象一元論が支配的である。⇒現象学   木田 元

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精神現象学
せいしんげんしょうがく Ph∵nomenologie des Geistes

1807年刊のヘーゲルの主著の一つ。感覚という意識のもっとも低次の段階から,経験を通じて,精神が〈絶対知〉に達する過程を描く。意識が,外からの知識を用いずに,自分で自分を吟味し,真理そのものをとらえる地点にまで高まることを示して,人間知の限界を,知の外部に立てる〈彼岸性〉の立場を根本的に乗り越えようとしたもの。意識の経験の歩みの中には,自然法則,社会法則のみならず,宗教も組みこまれ,人間精神の全体が自己確証を果たす。絶対者,実体は体系的論述によってはとらえられないという F. H. ヤコビのスピノザ主義批判を反駁するため,ヘーゲルは体系を可能にする基本的テーゼとして,実体=主体説を打ち出す。真なるもの,絶対者,実体は,現実世界の〈精神として現象〉し,学的体系の内に自分を現すが,自分をそのようにして,他者(認識する主体)に与えても,それによってなお,自己を失ってしまう静的実体ではなく,自己啓示的主体である。ヘーゲルは,自然が精神によって征服されるという観念論の立場,精神が共同精神として世界に現実化されるという,共同体における個と普遍の調和の実現という立場をよりどころにして,学的体系展開の真理性を保証しなければならなかった。その結果,哲学体系への導入となるべき本書に,体系の実質的内容が大幅に持ちこまれることになり,叙述は多くの点で混乱している。本書の文献学的研究には今後をまつ点が多い。
                        加藤 尚武

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現象学
現象学
げんしょうがく

18世紀に,ギリシア語の phainomenon とlogos の2語を結びつけて造語されたドイツ語Ph∵nomenologie の訳語。この語ははじめ物理学の領域で,運動論の一部門――われわれの外感に現れるかぎりでの物質の運動を扱う部門――を指すために使われ,その後も19世紀末のマッハにいたるまで〈記述的物理学〉という意味合いで用いられていた。マッハの提唱した〈現象学的物理学〉は,原子とか原因・結果といった形而上学的な概念を排除し,感覚的経験に与えられる運動の直接的記述から出発して,それらの記述を相互に比較しながらしだいに抽象度の高い概念を構成してゆくというしかたで,物理学理論を根本的に組みかえることを企てるものであった。一方,物理学におけるこうした用法と並行して,狭義の哲学の領域においてもこの語は,当初は形而上学の予備学としての〈仮象〉の理論を指すために使われていたが(J. H. ランバート,カント),やがてヘーゲルの《精神現象学》(1807)によって哲学史の表舞台に姿をあらわすことになる。ヘーゲルにあっては,現象学はもはや仮象の理論ではなく,感覚的経験から絶対知へと生成してゆく精神のそのつどの現れ(現象)をその必然的な順序において記述する作業を意味した。この語はさらにその後,20世紀の初頭にフッサールによってふたたび採りあげられ,彼自身の哲学的立場の表示として使われる。やがてこの立場がフッサールの直接間接の弟子たちによって受け継がれ,さらに日本,フランス,アメリカへと移植されて20世紀の主要な哲学的思潮の一つとなったため,今日では現象学といえば,フッサールにはじまるこの哲学的立場を指すのが通例である。以下の叙述でも,この意味での現象学に限定する。
[現象学の成立]  自然科学のめざましい展開にともなって,19世紀中葉には,自然科学の認識方法を無批判に人間的事象に適用しようとする悪しき意味での実証主義が支配的風潮となった。そしてそのもとで心理学,社会学,歴史学,言語学など人間諸科学が成立することになるのだが,やがて1890年代に入ると,これら諸科学の内部でも,また一般的な哲学の領域においても,そうした実証主義的風潮への反省ないし反逆がはじまる。哲学の領域では,新カント学派,ディルタイ,ベルグソン,クローチェらの哲学,アベナリウスやマッハの経験批判論がそれであるが,フッサールの現象学もそうした反実証主義の運動のなかから生まれてきたものである。ことに,フッサールが現象学という概念を直接継承するのはマッハからであるから,現象学と経験批判論はこの運動のなかで当初密接に結びついていたと見てよい。両者はいずれも,当時の精神物理学や生理学的心理学が意識現象(たとえば知覚)を客観的世界内部のできごととして客観的に〈説明〉しようとしたのに対して,あくまで主観に現れるがままの意識現象の〈記述〉を目ざしたのである。こうした〈記述的心理学〉としての出発時点においては,現象学は独墺学派の F. ブレンターノの思想と結びつくところもあったが,やがてフッサールは,おのれの現象学が単に心理学内部での改造の試みにとどまるものではないことを自覚するようになる。というのも,彼は当時の科学的心理学の根本的欠陥が〈客観的世界〉の存在を無条件に前提しているところ――彼はこれを〈世界定立〉と呼ぶ――にあると気づくのである。考えてみればこうした前提は,心理学に限らずすべての人間諸科学が自然科学からその基本的方法とともに受け継いだものであり,それらすべてに共通する根本的欠陥なのであるから,それを是正することは人間科学一般の改革,つまりは普遍的な知的革新の企てとなりうるはずだからである。もともとそうした世界定立をおこない,われわれの意識をも世界内部の一事実と見るのは,日常経験の積重ねのなかで形成された一種の思考習慣であり,実は自然科学も人間科学もこの世界定立を本領とする〈自然的態度〉の延長線上にあるにすぎない。フッサールは,そうした無反省な自然的態度をとりつづけることをやめ,おのれの意識体験を単なる世界内部の一事実と見る見方を停止した。そしてむしろ逆に意識を,そうした客観的世界の想定や,それとともに世界内部的存在者のさまざまな存在意味が形成される絶対的な場として,つまり〈純粋意識〉として見るように見方を転換し――この転換の操作が〈現象学的還元〉と呼ばれる――,そこに多様な意味形成体が成立する次第を分析的に記述しようとする。そうすることによって,実証主義的方法のゆえに当時行きづまっていた人間諸科学のうちに〈意味〉のカテゴリーを回復し,その抜本的改革を遂行しうると考えたのである。これが《純粋現象学および現象学的哲学のための諸構想》(第1巻,1913)で展開された構想であるが,やがて彼はこうした観念論的立場を放棄し,むしろ近代自然科学の客観化的認識作業によっておおわれてしまった,われわれの根源的な〈生活世界〉を回復し,そこから科学的客観化の意味を問いなおそうとする後期の〈生活世界の現象学〉へ移行する(《ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学》1936)。
[現象学の展開]  フッサールのこうした志向は弟子の M. シェーラーによって受け継がれ,1920年代には彼のもとで〈知識社会学〉や〈哲学的人間学〉の構想として結実する。シェーラーは当時進行中であった生物科学(生物学,生理学,心理学)の方法論的改革,ことにユクスキュルの〈環境世界理論〉を批判的に摂取し,人間が一個の生物でありながら,その生物学的環境を超えて人間独自の〈世界〉に開かれているありさまから人間を見てゆこうと企てたのである。同じフッサールの弟子ハイデッガーは《存在と時間》(1927)において,シェーラーのこの着想も採り入れながら,人間の基本的存在構造を〈世界内存在〉としてとらえ,そのようなあり方をする人間が世界や多様な世界内部的存在者ととり結ぶ能動的かつ受動的な関係の総体を解明し,さらにはその関係の根本的な転回の可能性をさえ模索する壮大な存在論を構想する。
 やがて1930年代に入り,ナチス政権のもとにドイツ哲学が圧殺されるころには,現象学はフランスに移植され,サルトルの《存在と無》(1943)やメルロー・ポンティの《行動の構造》(1942),《知覚の現象学》(1945)において新たな展開をとげる。サルトルのもとでは現象学は実存主義のための方法的手段にとどまるが,メルロー・ポンティはフッサールの後期思想やシェーラー,ハイデッガーの志向を正しく受け継ぎ,20世紀前半の知的革新において現象学の果たした大きな役割の決算書を提出した。現象学は第2次大戦中に亡命者によってアメリカにも伝えられ,第2次大戦後のアメリカ社会学(現象学的社会学),政治学の展開にも貢献している。現象学研究に関しては,日本もフランスやアメリカより長い歴史をもち,その影響下に九鬼周造《“いき”の構造》(1930),《偶然性の問題》(1935),三宅剛一《学の形成と自然的世界》(1940),市川浩《精神としての身体》(1975)のようなすぐれた成果を生んでいる。⇒現象  木田 元

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現象学
I プロローグ

現象学 げんしょうがく Phanomenologie 意識にあらわれるがままの経験の諸構造を、自然科学などほかの学問の理論や前提にたよらずに記述することをめざす、20世紀の哲学運動。

II フッサール

現象学の創始者であるドイツの哲学者フッサールは、19世紀後半の支配的風潮であった実証主義を批判して、意識現象を客観的世界内部の出来事として客観的に研究するのではなく、主観にあらわれるがままの意識現象の記述をめざす、記述的心理学として現象学を構想した。

あらゆる出来事を自然科学的な法則性にしたがってとらえようとする実証主義は、それ自体世界についての特定の先入観にもとづいて成立している。その先入観とは、客観的世界なるものが存在するということへの素朴な信頼にほかならない。フッサールは、そうした客観的世界の想定は、日常経験の積み重ねの中で形成された思考習慣にすぎないとして、そうした無反省な自然的態度をいったん停止することが必要だと考えた。

ここから現象学は、たんなる心理学の改造という枠をこえて、悪しき実証主義に汚染されていた人間諸科学全体の根本的改革の企てとなる。フッサールは、おのれの意識体験を世界内部の一事実とみるのではなく、逆に意識こそが、そうした客観的世界の想定そのものがでてくる根源的な場だとみた。そして、世界内部的に存在するもろもろの存在者の多様な存在意味が、この意識のうちでどのように形成されるかを分析することが自分の現象学の課題だと考えた。これが、「純粋現象学と現象学的哲学のための諸考想」(通称「イデーン」)第1巻(1913)に代表される中期の思想である。

意識に中心をおくこの思想に対しては、独我論的観念論にすぎないという批判がくわえられた。そうした非難にこたえようとする中から、後期の思想が成熟してくる。われわれは世界を客体化してみることになれてしまっている。しかし、それに先だってわれわれは世界を生きているのであり、この生きられるがままの世界における世界経験を明らかにすることが、現象学の本来の課題だとみなされるようになる。こうした構想は、「ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学」(1936)において体系的に展開された。

III ハイデッガー

このような現象学の思想は、それまでの哲学とどのような関係にあるのか。その問題をひきうけ、現象学に新たな展開をもたらしたのが、フッサールの弟子のハイデッガーであった。

中期フッサールの考えによれば、世界内部的存在者の全体およびその包括的地平としての世界の意味は、主観の意識のうちで対象として構成されるものであった。こうした構成のおこなわれる場としての意識を、それ自身、世界内部的に存在する事実的人間の意識と同一視するわけにはいかない。ハイデッガーも、構成的主観が世界内部的存在者ではないということには同意する。しかしそこからハイデッガーは、では世界がそこで構成されるような存在者のあり方はどのようなものなのかを問う必要があると考える。

そしてハイデッガーは、そのような構成は人間的実存のもつひとつの可能性だと主張する。「存在と時間」(1927)では、こうした人間的実存の基本的存在構造が「世界内存在」という術語で定式化され、「世界内存在」としての人間が、世界および多様な世界内部存在者との間にとりむすぶさまざまな関係の総体が、日常性という視点から分析されている。

IV フランスの現象学

1930年代になりナチスが政権をにぎると、現象学はフランスに移植されて新たな展開をとげる。フランスの実存主義者サルトルの現象学者としての業績は、第2次世界大戦以前の著作にかぎられる。「情緒論粗描」(1939)や「想像力の問題」(1940)は、中期フッサールの方向にそった現象学的心理学の成果である。戦後のフランスの現象学をリードしたのは、メルロー・ポンティであった。彼の「知覚の現象学」(1945)は、後期フッサールの生活世界の構想に示唆をうけた身体の現象学的分析として、現象学研究の新たな領域を切りひらいた。→ 実存主義

現象学は20世紀の思想にひろく影響をおよぼした。現象学的な視点をとりいれた神学、社会学、心理学、精神医学、文芸批評などが展開されており、今なお現代哲学運動のもっとも重要なもののひとつである。


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フッサール
フッサール 1859‐1938
Edmund Husserl

現象学的哲学を確立したオーストリア出身のユダヤ系ドイツ人。1886年にユダヤ教からルター派キリスト教に改宗。学生時代はライプチヒ,ベルリン,ウィーンの各大学で数学と自然科学を専攻し,83年数学の論文によりウィーン大学の博士号を取得。84年から2年間ウィーンの F. ブレンターノのもとで哲学を学び,それ以後哲学研究に専念した。職歴と生前の主要著書は以下の通りである。87年から1901年までハレ大学私講師,この間に,基数概念の心理学的分析を試みた《算術の哲学》(1891)と《論理学研究》全2巻(1900‐01)を公刊した。後者は現象学の誕生を告げる記念碑的労作である。01年にゲッティンゲン大学助教授,06年に教授となり,《厳密な学としての哲学》(1911)と《純粋現象学と現象学的哲学のための諸考想》(通称《イデーン》)第1巻(1913)を出版して,彼が指導する現象学運動は最初の隆盛期を迎えた。16‐28年はフライブルク大学教授,退官後も同地で研究活動をつづけ,《形式論理学と超越論的論理学》(1929),《デカルト的省察》(フランス語訳版1931),《ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学》(1936)などを公刊した。50年以降,彼の遺稿を中心に著作集《フッセリアーナ》の出版が継続されている(84年現在23巻まで既刊)。13‐30年には現象学の機関誌《哲学および現象学研究年報》計11巻と別巻1冊が出版され,M. シェーラーの《倫理学における形式主義と実質的価値倫理学》や M.ハイデッガーの《存在と時間》などを掲載して,現代哲学に深甚な影響を与えた。
 フッサールが活躍した時代は,数学,物理学など諸科学の理論体系を支える基本的諸概念の意味が動揺して,その再検討を迫られた時代,すなわち〈諸科学の危機〉が顕在化した時代であった。したがって哲学界においても,科学的認識の方法と基礎づけをめぐる論理学的および認識論的諸研究が重視され,とりわけ19世紀末ころには経験心理学に依拠したそれらの研究(心理学主義)が優勢であった(《算術の哲学》はこの系統に属する)。しかしそれらの試みの多くは相対主義的な真理論や懐疑論に陥りがちであった。このような状況の中でフッサールも終始一貫,学問論的諸問題に最大の関心を示し,現象学による論理学と認識論の新たな基礎づけを通して,哲学全般を〈厳密な学〉として確立しようとした。彼によれば真に学問的な認識は,絶対的な確実性と普遍妥当性をそなえていなければならない。それゆえ彼は絶対に確実な所与を見いだし,そしてそれを現象学的研究の出発点にしようとした。この条件を充足する第1の所与は,反省的直観によって直接明証的に把握される自我の〈意識現象〉すなわち自分自身の知覚体験や認識体験の内在領域である。したがって,これら意識体験の構造と機能を記述することが,現象学的研究の第1の課題となり,そしてその結果,意識の本質特性はその志向性(すなわちつねに何らかの対象に関係し,それを思念すること)にあることが確認された。次いでこの特性と関連する第2の課題は,志向される〈対象現象〉としての諸事物とその世界の根源的な在り方を,あくまでも意識体験との相関関係の中で解明することであり,そして第3の課題は,意識する自我それ自身の存在性格を考察することである。換言すれば,認識論的研究と存在論的研究と自我論の三つが,フッサール現象学の主要な研究領域であり,しかもこれら3分野を〈自我が対象を意識する〉という志向的構造に即してつねに相関的に考察する点に,最も重要な特徴がある。ヨーロッパ諸科学の危機を招来した根本原因は,ガリレイ的な物理学的客観主義とデカルト的な哲学的主観主義との分裂にあると見ていたフッサールは,この相関的考察の方法によって,主観と客観との間に新たな関係を回復しようとしたのである。
 ところで上述した諸問題を解明する現象学の基本的性格を,フッサールは〈超越論的〉現象学および現象学的〈観念(イデア)論〉という言葉で表現している。認識論的反省以前の,日常の自然的態度におけるわれわれの関心は,もっぱら客観的諸事物に向けられ,しかもそれらは認識主観にとって〈超越的なもの〉として,意識作用とは無関係に実在しているかのように思われている。しかし,そのような超越的客観がいったいどのようにして〈これこれしかじかの存在者〉として,すなわち〈意味的に規定された対象〉として認識されうるのか,という疑問を解明するのが〈超越論的〉現象学の課題である。それゆえ現象学者は対象の実在を素朴に認める態度を一時中止(エポケー)すると同時に,反省のまなざしを自分自身の意識作用そのものへ向けるための現象学的還元(または超越論的還元)を行わねばならない。この還元の結果あらゆる対象は,もはや端的な超越者とはみなされず,もっぱら意識の志向的相関者として,すなわち認識されている限りにおいて,意識体験の領域に志向的に内在するノエマ的対象(思念されている対象)として,その認識の可能性と存在性格を究明されることになる(ノエシス)。この超越論的還元と並行して現象学者はさらに,個々の事実をその本質(形相=イデア)へ還元する形相的還元を行わねばならない。なぜなら学問が真に求めているのは,単なる事実認識ではなく,本質認識であり,しかも個々の事実はその本質と関係づけられることによって初めて真に論理的に理解されうるからである。現象学的観念(イデア)論の特徴は,このように事実学に対する本質学の,あるいはまた感性的直観に対する本質直観の優位を認める点にある。フッサールの現象学が〈純粋〉現象学とも呼ばれる理由は,このように本質と意味を固有の研究対象としているからである。
 この超越論的な純粋現象学においては〈志向性〉も,もはやただ単に対象への関係を意味するのではなく,あらゆる対象に意味と妥当性を付与するという仕方で,対象を構成する機能と解される。とはいえこの構成の機能も,対象自身が意識主観に対してみずからを示し与えることとの相関関係において可能になる。換言すれば,認識のヒュレ(質料)は現出している対象の側から与えられねばならない。そしてまた,このような仕方で対象を構成する主観(ないし自我)は,単なる経験的主観ではなく,超越論的‐純粋主観であるとされ,世界に内在する経験的自我と世界を構成する超越論的自我との間の統一性と差異性の問題や,意識の流れの時間性とその中での自我の同一性の問題などが,自我論の新たな研究課題となる。しかしそれにしても,世界はもとより各事物も個々の主観に対してのみ存在しているのではない。それゆえ超越論的主観性は究極的には間主観性であるとされ,そしてこのことと関連して他我認識の方法が,意識主観の身体性や歴史性の問題と絡めて考察される。これらの諸問題に加えて,後期のフッサールは諸科学の成立基盤としての〈生活世界〉の問題をも主題化して,科学的認識の成立過程をいっそう具体的に解明しようとした。
 《危機》書によれば,フッサールは〈真の哲学と真の理性主義とは同一である〉との確信のもとに,上述した一連の諸問題を探求したのであり,そしてその究極の意図は,理性に対する信頼の喪失に起因するヨーロッパ的人間性の危機を救うことにあった。彼によれば,理性的存在者であることが人間の最も基本的な本質であり,そして理性とは〈あらゆる事物や価値や目的に究極的にみずから意味を与えるもの〉のことである。理性主義を擁護し顕揚するこの思想は,ナチズムの狂躁に対する老哲学者の警告と抵抗の言葉でもあった。彼の現象学は,その志向性の概念をはじめとして,本質直観や記述を重視する方法論上の諸特徴によって,現代哲学のみならず,心理学,精神医学,社会学,言語哲学など広範囲の人間科学に深い影響を与えている。日本からも,田辺元,九鬼周造,高橋里美,尾高朝雄ら多くの学者がフッサールのもとへ留学した。⇒現象学 立松 弘孝

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フッサール,E.
I プロローグ

フッサール Edmund Husserl 1859~1938 ドイツの哲学者で、現象学の創始者。

フッサールは、1859年4月8日に、現在はチェコ領のプロスニッツに生まれた。ライプツィヒ、ベルリン、ウィーンの各大学で、科学、哲学、数学をまなび、変分法の計算をあつかった論文で博士号を取得。数学の心理学的基礎づけの問題に関心をもち、ハレ大学で哲学の私講師に就任してすぐのころに、最初の著作「算術の哲学」(1891)を執筆した。そのころから彼は、数学の真理は、人々がそれをどのようにして発見し信じるようになるかとはかかわりなく、妥当性をもっていると考えるようになっていった。

II 現象学の展開

その後フッサールは「論理学研究」(1900~01)において、初期の彼自身の心理学主義の立場を批判した。現象学の誕生をつげた本書では、哲学者の課題は事象の本質の考察にあることが主張された。意識はつねになにものかに向けられている、ということをフッサールは強調する。これが志向性とよばれる事態であり、ここから、志向的にはたらく意識そのものの構造と機能の分析、また志向性の相関項としてあらわれてくる諸事象と世界の根源的なあり方の分析といった課題があらわれてくる。

ゲッティンゲン大学在職中(1901~16)に、彼のもとには多くの学生があつまり、現象学派を形成していった。この時期には、いわゆる中期の思想を代表する書物である「純粋現象学と現象学的哲学のための諸考想」(通称「イデーン」)第1巻(1913)も出版されている。彼は、当時の実証主義的学問がどれも意識の外部に客観的世界が存在しているという想定にたっている点を問題にした。フッサールにいわせれば、それは日常経験の積み重ねの中で形成された思考習慣にすぎない。そうした無反省な態度にいったんストップをかけて、客観的世界やそのほかの世界内部的な存在者の想定が意識の中でどのように形成されるかを問わなければならない。これが現象学的還元とよばれる手続きである。

その際、問題は意識にあらわれる対象が実際に存在しているか否かではなく、対象が意識にとってどのような意味をもつものとして形成されるかにある。だからこそ現象学は、事象の現実存在は問題としないものであるにもかかわらず、記述的学なのである。フッサールによれば、現象学は理論の発明にではなく、「事象それ自身」の記述に専心する。

III 後期の著作と影響

1916年以降、フッサールはフライブルク大学で教壇にたった。現象学に対しては、本質的に独我論的な方法だという批判がくわえられていたため、フッサールは、「デカルト的省察」(1931)において、どのようにして個人的意識が他者の心や社会や歴史に向けられうるかを示そうとこころみた。また、晩年の「ヨーロッパ諸科学の危機と超越論的現象学」(1936)においては、科学的世界の根底にある生きられる世界の探求がこころみられている。38年4月27日、フッサールはフライブルクで死去した。

フッサールの現象学は、フライブルクでのわかい同僚で、実存主義的現象学を展開したハイデッガーや、サルトルおよびフランスの実存主義に大きな影響をあたえた。現象学は今なお現代哲学におけるもっとも活発な潮流のひとつであり、その影響は神学、言語学、心理学、社会科学など多岐におよんでいる。


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法現象学
法現象学
ほうげんしょうがく

E. フッサールの現象学の方法に依拠して法を解明しようとする法哲学・法学。フッサール現象学じたいの発展のどの段階に拠るかで異なるが,初期現象学の〈本質直観〉の方法に拠るものとしてライナハ A. Reinach,シュライアー F. Schreier,カウフマン F. Kaufmann,フッサール G. Husserlの諸著がある。ライナハは《民法の先験的基礎》(1913)で所有や契約の本質を論じた。シュライアーとカウフマンはケルゼンの純粋法学との接合を試みた。アムズレク P. Amselek は《現象学的方法と法理論》(1964)で純粋法学を現象学の形相的還元の方法に近いものとしつつも,この方法に拠る法の現象学と超越的還元の方法に拠る法理論の現象学との区別の必要を論じたが,その超越的還元はフッサールのとは違い,法現象に対する法律家の実践態度の記述にすぎない。戦後フッサール現象学の研究は著しく進み,とくに中・後期の思想が注目され,間主観的世界の現象学や実存現象が展開され,その多方面にわたる現代的展開の流れの上にロイペン W. Luijpen の《自然法の現象学》(1967)や,シュッツ A. Sch‰tz や T.パーソンズの機能主義・構造主義を批判的に継承したルーマン N. Luhmann の《法社会学》(1972)がある。また過去の法現象学の批判的再検討としてゴヤール・ファーブル S. Goyard‐Fabre の《法現象学批判論》(1972)がある。     阿南 成一

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